第10話結婚生活

 社交界きっての遊び人、もとい、貴公子であるオエル・ブリトニー伯爵の「妻」の立場は女性達からかなりの嫉妬を向けられた。


 茶会や夜会に出席するたびにジロジロと値踏みをするような視線が突き刺さってくる。旦那様と深い仲になっている女性からは聞えよがしな嫌味を言われる事も多く、彼に憧れる若い令嬢からは憎しみに近い目で睨みつけられてしまう。


 まるで、針のお山の上を素足で歩く気分だわ。


 解っていたとはいえ実際に体験すると、その凄まじさは半端なものではないわね。


 結婚したからと言って旦那様を諦める女性陣ではない。

 屋敷にも嫌がらせの一環として夜会やお茶会の誘いの手紙が連日届き、時には贈り物として怪しげな物まで入っている事もあった。脅迫紛いの手紙が届けられた事もある。旦那様と別れろと指示される手紙や贈り物もあった。


「奥様、一度旦那様にご相談されてた方が宜しいのではありませんか?」


 執事長が苦り切った顔で、届いた手紙を開封していた私に声をかけた。

 嫌がらせの頻度が段々と増えてきているので、流石に見過ごす事は難しいと言いたいのだろう。

 しかし、旦那様もお忙しい身の上。

 たかだか嫌がらせ程度で相談はできない。


「実害がある訳ではないわ。もう少し待ってちょうだい」


「ですが……」


「結婚して直ぐにこういった手合いがある事は想定内だわ。彼女達も時期に飽きると思うし、暫くは様子を見てみたいの。手紙と贈り物は何時ものように私の方で処理しておくわ」


「旦那様へのお伺いはしないのですか?」


「……忙しい旦那様の手を、態と煩わせる事は出来ないから必要ないの」


 心配してくれた事には礼を言いうと、執事長は渋い顔をしながらもそれに従った。

 嫌がらせの類いの手紙は私が処分すると言っておけば、彼はこれ以上深く追求する事はない。


 それにしても……最近の貴族令嬢達は危機管理が欠如しているわ。

 代筆もしないで手紙を送ってくるなんて自殺行為も良いところ。筆跡鑑定されればバレる行動にどうして気付かないのかしら?自分から弱みを握ってくれと言わんばかりの行動に呆れる他ない。


「旦那様と結婚して本当に良かった」


 貴族の弱みをこうも簡単に手に入る上に、小説の題材になる数々をタダで体験できるなんて最高じゃない!

 小説のストーリーをどう料理して盛り付けようかと、私の思考はすでにそちらに移行してしまっていた。小説に活かさないなど勿体……げふん、失礼。これは私の作家としての性、仕方がないわね。

 それにしても……と、嫌がらせの手紙を仕分けて捨てる傍ら私は考えを巡らせた。

 いっその事、上流階級の女性達の泥沼恋愛劇をシリーズ化してしまおうかしら……。

 旦那様をモデルにした愛憎劇も面白そうだけど、女性視点からの話も書いてみようかしら。例えば社交界での醜聞……ゴホン、噂とか……でも良いわ!面白そう!!あ、いやダメダメ。これはあくまでフィクションの話で現実にする訳にはいかないのは重々承知よ。けど小説の中でぐらいなら良いじゃない!!そうよ!別に現実味を持たせる為に実際に起こすわけじゃないのだからっ!

 頭の中であれやこれや妄想している内容をノートに殴り書いて、その妄想話をメモに書き込んでいく私は誰が見ても怪しい人だが今は誰もいないのだから問題はないわね。


 そうして一カ月の月日はあっという間に絶ち、フェイクス・ピアの待望の新作が発表された。





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