第9話元婚約者の父親side

 馬鹿息子とその恋人は卒業を待たずに結婚し、子爵領の一角に居を構えた。


 早い話が逃げたのだ。


 私の話を聞き、漸く自分達の現状を理解できた二人。遅すぎる。息子もそうだが、相手も鈍感な性質のようだ。

 王都から去る時の二人の顔色は良くなかった。

 自分の娘の仕出かした事を漸く理解した男爵は社交界を去って行った。周囲の嘲笑と侮蔑の眼差しに耐えられなかったようだ。正妻に離婚届を突きつけられたショックで寝込んでいると噂で聞いたがこちらの知った事ではない。


 所詮は庶子の娘。

 最低限の持参金すらない。

 旅行鞄一つで追い出された男爵令嬢が我が家に来た時は虚ろな表情だった。帰る家を失った事を理解したのだろう。


 打ちのめされたかのような二人。

 私に何も言わなかったが、学園でハブられたのかもしれない。



『煩く言う奴らが減った』


『僕たちを祝福する学生は多いんだ。父上もいい加減に認めてくれてもいいだろう?』



 結婚を認めていなかった頃、ジェフリーは恋人との仲を認めて欲しいと訴えた来ていた。

 今思えば、ジェフリー達に苦言を呈していた同級生は数名だがいたらしい。まぁ、あれだけ婚約者を蔑ろにして恋人とベッタリだと常識的な人間なら忠告はするだろう。学園入学前に婚約する貴族は多い。苦言を呈した友人はジェフリー同様、婚約者持ちだったらしく、何かに付けて「婚約者と話し合え」と言っていたらしい。


 ただ、大半の学友たちはジェフリーがモラトリアムを楽しんでいるだけと解釈していた。


 つまり、学園を卒業すれば二人は別れて関係は終わるだろう――と予測していたのだ。


 その予想が裏切られるとは思わなかったのだろう。

 しかも二人をモデルにしたと思われる小説が出回っているのだ。

 ジェフリーと親しくすれば自分達まで「恥知らずの浮気者」「婚約者のいる相手と知って略奪した尻軽令嬢」「下半身に正直なカップル」になるのだから、距離を取られるに決まっているだろうに。


 誰だってジェフリー達と同類の人間と思われたくない。


 自制心がなく常識もない。

 それは貴族として致命的だ。

 本格的に貴族社会で生きるには醜聞すぎる。

 これが学園内なら問題なかった。

 だが、社交界に知れ渡ったのだ。


 どうしようもない。


 例え、二人を別れさせたとしても、次の相手など見つからないだろう。社交界の笑い者とされた二人には、同格の家との縁談はあり得ないと思うべきだ。なら今のまま静かに表舞台から去らせた方が子爵家の傷もこれ以上広がる事はないだろう。

 そう考えたからこそ、私は二人に「このまま静かに王都を去るといい」と言った。

 学園で居場所がなく、勝手に退学してきた二人。


 家は私が用意した。二人住まいだ。もしかすると子供が出来るかもしれない事を考慮した。

 頭の悪い二人に仕事など出来ない。

 市井に紛れて暮らす事もだ。

 生前贈与として幾つかの農地を息子に与えた。小作人付きでだがな。これで食い扶持は稼げるだろうと。後は、二人が暮らす小作人たちの畑で採れた食料などを納めて貰う事にする事にしたがね。


 まったく。

 どうしてこんなことになったのか……。




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