煙たい部屋でシガーキスしてよ

花園眠莉

煙たい部屋でシガーキスしてよ

 なんとなく煙草に火をつけて数年。人生に飽きてきた。それもそうだろう、だいぶ慣れた仕事をして休日にたまに仕事をして趣味的な物をやって過ごす。勿論楽しいとは思うけれどつまらなく感じてしまう。例えるなら同じ小説を絶え間なく読み返し続けている感じ。新しい目線で見ることが出来ても展開は変わらずオチも変わらない。それが続くだけだからすっかり飽きてしまった。


 人生に飽きたとか言っても何も変わらない。仕事は変わらずあるし配信コンテンツは次々と更新されていく。数少ない友人と出掛けることもある。今日は学生の頃からの友人が私の家に来て飲む予定。


 インターホンの音が軽快に鳴った。重たい腰を持ち上げて友人を出迎える。

「はーい。いらっしゃい。」ドアを開けると顔をしかめてきた。

「うわ、また吸ってる。華恋、先に吸うなよ。あたしと一緒に吸うんでしょ?」

「それはそれ、これはこれ。」真紀の持っているビニール袋の一つを持つ。


 部屋に入るとふわりと煙草の匂いが鼻をくすぐる。

「真紀、随分と買ってきたね。」中を見ると酒とつまみが大量に、煙草が二箱。

「久しぶりじゃん、だから奮発したわ。」そう言って早々と缶チューハイを開ける。テーブルに適当につまみを開けて並べる。お互い酒を開け飲み始める。会話は無いがこの空気が楽で好きだと思う。


 「最近どうよ。」真紀は目線を合わせないまま聞いてくる。

「どうもこうもないよ。前も言った通り人生に飽きてるよ。」前にあったときも同じ様に言ってた記憶がある。真紀は心底楽しそうに笑う。飾り気の無い笑い方はいつ見ても安心する。

「そうか、でも残念だね。この私と酒を飲んでいる時は人生に飽きていることを忘れるでしょ?」どこからその自信が来るのかは分からないがそのとおりだった。

「まあ、そうだね。こんな変な人と一緒に飲むためなら生きているのはいいのかもとは一瞬だけ思う。一瞬だけね?」

「でもその一瞬のために生きているでしょ。私もそうだし、華恋と飲むのが一番楽で楽しい。」そう言ってもらえて嬉しかった。


 酒の手も休まって煙草を吸おうと手を伸ばしたけど指先が僅かに掠っただけだった。

「ほい、ずっと銘柄変わんないね。」真紀は渡すついでに私の銘柄を確認した。値段が上がっても銘柄は変えないと決めている。

「うん、この銘柄吸ってからは何か無いと変えないって決めたんだ。」真紀は口角を釣り上げて笑う。

「恋人かよ。」案外そうなのかもしれない。

「そうかもね。」甘い香りに手を伸ばして火をつける。真紀は煙草を咥えた。

「真紀も使う?」ライターを渡そうとするとぐっと顔を寄せてきた。真紀に煙草の先を押し付けられた。少し経つと顔が離れていった。何をしているのか分からなかったが、今やっと理解した。

「どんな顔してんのさ。」

「真紀の味混ざってまずい。」真紀のはメンソール入りの柑橘系のフレーバーで私は甘い煙草。なんとも言えない不味さがある。

「ごめん、やってみたかった。」悪びれている様子がなく満面の笑みで謝ってきた。

「急だから驚いたけど真紀らしいね。」突拍子もない行動をするのは真紀の得意技。


 煙が漂う部屋で夜が更けるのを待つ。ふわふわと揺蕩う煙を眺める。学生の頃から変わらずに接してくれる真紀に安心する。楽で離れがたい関係を大切にしたいと思う。しんみりとしているのは夜だからなのか、それとも酒が入っているからなのか。まだ終わらない真紀との時間と煙を楽しんでいようと思う。

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