狂乱の舞
北条綱成
音の無き舞
…
足跡が近づいてくる。
「嗚呼…ふふふふふ」
パニックになってそう嗤うのは俺、池田勝入恒興だ。織田信長様が亡くなってから早二年。羽柴筑前守秀吉が独裁者となり、織田家はあっという間に崩壊した。次々とかつての同輩たちが秀吉に殺されるか、従わされていった。
足軽に見つかり、俺は頼りにする刀を抜くー
ズシュ
1555
織田信長の乳母の子であった俺は、幼い頃から信長様に付き従っていた
信長「勝三郎!これを知ってるか?」
恒興「わかりませぬ…信長様、これは?」
信長「鉄砲というものじゃ。これをな、こうしてこうやって…」
パン!
天を劈くものすごい音が鳴り響く。
胸を打たれた鳥は血を吐きながら落ちてくる。
信長「これは異国の鉄砲というものじゃ。これを戦に使うとあっけなく人が死ぬ」
恒興「こんなすごいものがあったとは…」
信長「そんな世界になるとこんなものはいらぬ…そうだ、お主にあげよう。わしはこれがあれば充分だ」
そう信長様はいい、俺に織田木瓜の入った脇差を授けてくれた。
これは夢であろうか?
若き日の俺が初めて鉄砲を知った時のことだ。
そして時は進んでゆくー
初陣となった吉良大浜。多くの兵の差を覆し、義元の首をとった桶狭間。可成殿の嫡男、長可殿との婚姻。浅井、朝倉連合軍との大合戦、姉川。比叡山の僧兵どもを打ち破った延暦寺焼き討ち。いつも信長様の近くにいて共に敵と戦っていた。そして、本能寺…
本能寺は今でもよく覚えている。秀吉の援軍に行くように命じられ、本拠で支度をしていると…
伝令「明智十兵衛光秀の裏切りにより、上様、自害!」
思わず持っていた兜を床に落とす。信長様が?ありえない…唖然としているうちに秀吉が戻ってきて、上様の仇討ちはすることができたが、私は何も手につかなかった。
ただただ今の自分が無力で今までの自分は信長様の本で威張り散らしていただけの卑怯ものだと、思い知らされた。
幸い、信忠様が生き残ってくれたおかげで心ここにあらねど、生きることはできた。しかし、
信忠「お主は秀吉についてくれ」
恒興「何故、何故に御座いますか?」
信忠様からは突き放され、心は深く、深く落ちていく。
小牧の陣
この対戦で私はさまざまな作戦を練り、何故か長可殿と、丹羽殿と戦う。
なぜ、こんなことになったのだろうか?なぜ?
そんな中、長可殿に内通の打診を受け、信忠様には嫌われているが、信長様の血筋を残すため、寝返り、長可殿や丹羽殿と共に秀吉に奇襲をかける。
しかしそれはすでに読まれていた。
秀吉に奇襲をかけるもそこに秀吉はおらず、なぜか味方のはずの家康の軍が我らを取り巻いていた。
恒興「家康…お主、必ずや報いを受けさせてやる!」
家康「やれ」
家康はすでにこちらに興味はなく、秀吉の目付役らしきものと共にどこかに歩いていく。その瞬間、四方から槍が突き出される。
そして、そして、そして
気づいたら血みどろになりながらも俺は生きていた。死んだと思ったのか周りに敵兵はいない。近くには首のなき長可殿や丹羽殿、そして息子の大助の遺体が倒れていた。
恒興「すまぬ…すまぬ…」
そこから俺はなけなしの力で立ち上がり、長可殿の愛刀、人間無骨を手に取り、山に入っていく。
少し疲れたようだ…そこに俺は倒れる。すでに人間無骨を握る力すらない。そうしていると近くに足音が聞こてきていた。俺は小刀を手に立ち上がり
そして、今に至る。
目の前の雑兵は俺に刃を向け、振り翳す。
ガギン
一刀を振るう。あっけなく雑兵の首が飛ぶ
なんだ…簡単なことなのか…
そう俺は嘲笑う
二ヶ月後、旅人に扮装した恒興は駿河に入る。家康も秀吉もすでに死んだと考えたのだろう。手薄な美濃国を飛び出し、信濃、甲斐、駿河と移動する。全ては徳川家康を打つために。
懇意にしてた丹羽殿と長可殿亡き今、俺は信忠様にとっては邪魔だから、ここでもう死んでいるということにしておいた方がいいだろう。
そう思い、旅人に扮装し、人間無骨と脇差を手に、旅に出る。家康を打つために情報を集め、各地を回る。軟弱者のままではダメだと思ったからだ。卑怯もののままじゃ…
丸太が一太刀で二つに裂くことができるようになった。一つの進歩だ…全ては徳川家康を打つために!
そして再び恒興は姿を消す。
1590
ついに家康をとらえた。
秀吉の小田原侵攻で暗殺をと思ったがまさかの北条が叛逆し、第一軍を打ち破ったのでこんな手間を食うことになった。しかし…
こんなとこだからこそ、家康も護衛を多くは引き連れていない。逆に好都合だ。
俺は家康に近づき、織田木瓜の入った脇差を抜く。家康に向け一突き。
家康「うっ…お前は、池田勝入…なぜ生きて。死んだはずでは…」
おれは家康に向けもう一突き。そうこうしてる間に仲間が集まってくるが、こちらも仲間を集めている。
そこかしこに放火し、パニックになっている敵に刃を浴びせる。
おれは家康にとどめを刺そうと人間無骨を突き出すが、横に転がり、躱される
恒興「なに!」
驚くも、そこに敵の突き出した槍が身を掠める。
その敵を斬り、そこから逃げ出す
失敗した失敗した失敗した
俺は再起を期し、ここから逃げようとする。
しかし…
鳥居元忠「ここまでだ池田勝入!」
鳥居元忠率いる精鋭が近づいてくる。あれには敵わない。俺は死を覚悟し、敵に切り掛かる。敵に数回切り込み、逃げる。
なんであろうか。この虚しさは。仇の家康を打つこともできず、こんなところで死に行くのか…“それは嫌だ”と強く思い、近づいてきた徳川兵に向かって刀を振るう
そしてー
数刻後、城に入った氏直が見たのは死体の山と、その頂点に刺さっていた人間無骨と、その近くにあった織田木瓜の脇差だった。
ハッ
目が覚める 今は
1582年の六月三日置きの書状が懐に入っている。やけに鋭い痛みを覚えていた。
また時は進む。夢で起きたことと現実が全く同じことをなぞる。そこで俺はようやく気づく
『どうやら俺は過去に戻った』と
そして再び道をなぞる。
何度も何度も俺は死んで生まれ変わりを繰り返す。
どんな手段を取ってもいい終わりが見えない。
(お前はなにをやっているんだ?)
その言葉が喉に突き刺さる。家康や秀吉を殺そうとしても、倒そうとしても、結局はダメだった。
時には毛利の傘下に入り、鳥取城を奪った。だが秀吉の大軍に囲まれて自害した。
ある時は長宗我部と同盟を組み、大阪城に攻め寄せた。だが長宗我部が中川らに背後を突かれ、敗走。俺はその中で戦死した。
またある時は機内で蜂起し、石山本願寺や雑賀衆の力を借りた。だがそれらに裏切られ俺は暗殺された。
辛い。苦しい。そんな思いが胸を去来する。
そして俺は97回目を迎える
俺はただ、みんなが笑って暮らせればいいのに…みんなが生きてさえいればいいのに…
97回目も、うまくいかない。
そして徐々になにもわからなくなる…
何回過去に戻った?百を超えてからはもうすでに数えていない。もう…俺は笑えない。
そして次第にこの繰り返しを抜ける方法を考える。
違う。彼らが死んでも、物語は続いた。
と言うことは…
俺が復讐を諦めればいいのか?
よくわからない…頭が痛い…
そしてまた俺は生を迎え死を迎える。
この地獄がいつ終わるのかを知らずに…
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