EP.059 無理解、不理解、ない理解

延期をするとはいったが、その日に投稿しないとはいっていない!

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 場面は戻ってネスト。


 クロウは目の前に置かれたダブルベッドに対して、額に手を当て大きくため息をついた。


「……やりやがったな、キャシーの奴」


 キャシーによって嵌められた。ホテルの室内にはダブルベッドしかなく、それはつまり眠るためにはクロウとハルカが二人横並びで寝ないといけないということを意味していて。


「仕方ない。ハルカ。俺はそっちのソファで寝ておくよ。もし嫌だというのなら、明日の朝まで外をぶらついて時間を潰しておくけど?」


 一般的な社会常識に従って、そう提案するクロウ。


 だが、そんなクロウにハルカは予想外の言葉を返してきた。


「い、いけません、クロウさんっ! ただでさえ長時間にわたるFOFの操縦で疲れているんですから、きちんとベッドで休まないと!」


「それは……そうだが。でも、ハルカさんだってその点は同じだろ。だったら、女性の方に譲るのが当然じゃないか」


 慌てふためいて、客室を出て行こうとしたクロウを止めるハルカに、クロウは怪訝な眼差しを浮かべる。そんなクロウを前にブンブンと首を左右に振るハルカ。


「わ、私はオペレーターとしてほとんど座っていただけですっ。対して操縦していたクロウさんの負担はものすごいものだと思います! ここはクロウさんが休むのを優先すべきです!」


「いや、でもなあ……」


 だんだんと押し問答になりはじめた二人の会話にクロウが辟易とした表情を浮かべる。


 対するハルカも、このままでは議論に決着がつかないとわかっているのだろう。


 真剣な眼差しを浮かべた彼女はゴクリと唾を飲み下しながら、こんなことを告げた。


「わ、私だってあなたについていくにあたって、そ、そういうことの覚悟はしています。だ、だから、一緒に寝るぐらい別に……」


 と言いながらも、目を泳がせるハルカ。


 彼女とて年頃の少女だ。その手の知識は相応にあるし、故郷であるシティ〝カメロット〟を飛び出し、クロウについて行った時点で〝そういう関係〟になるのも覚悟していた。


 だから、そう口にしたハルカに、クロウは──


「……? 覚悟ってなんの???」


 疑問の表情。


 心底からハルカの言ったことがわからない、と言う顔になるクロウに、ハルカは一瞬ポカンとした表情をする。


「えっ、いや、ですから。それは男女で一緒に寝たら、そういう関係になるということと、いいますか……」


 直接口にするのは恥ずかしいのか、そう曖昧に返すハルカだが、クロウはそれに対してもやはり理解できないというように首をかしげてみせ、


「??? だからそれってどういうことだよ」


 ここに至ってハルカはクロウと自分の間で大きな齟齬が生じているのに気づく。


「えっと、クロウさん。男女が共に寝る……寝所を共にするのは、いけないことだというのはわかっているんですよね?」


「ん? ああ、まあな。それが社会常識ってもんだろ」


 当たり前じゃないか、と頷くクロウに、ハルカはその常識を共有できているのか、と一安心しつつ「だったら」と口にして、


「じゃあ、男女で寝たらなぜまずいのかわかりますか?」


 口にしながらも、しかしハルカは、いや自分はなにを口走っているのだろうか、と内心で困惑を浮かべていた。


 普通に考えたら、相手も相応に年齢を重ねた男性だ。そのぐらいのことわかって──


「……?」


 いない⁉


「えっ。もしかして、クロウさん、男性と女性が共に寝るということの意味が分からないんですか⁉」


 驚きのあまり、目を真ん丸と見開いたハルカに、逆に困惑するクロウ。


「えっ、あー、うん。まあ、社会常識としてそういうのがいけないとは知ってるぞ」


 あくまで社会常識として。


 だが、なぜそれがいけないのかは、わからない、というように気まずげな表情をするクロウにハルカはまじまじとその少年の顔を見詰めてしまう。


 黒髪黒目をした、おそらくは自分とそう変わらない年ごろの顔立ち。


 以前、自分の年齢は18歳だ、と言っていたので今年で17歳になるハルカよりは一歳ばかし年上のはずの彼は、しかしそのハルカよりも一般的な〝常識〟に疎いようで。


「そ、そういえばクロウさん。カメロットでも、私と一緒にホテルへ泊っていた時、特に何もしてきませんでしたよね?」


「??? なにもしてこないって。いや、普通に共同生活をする上で会話したりとかしてただろ? 一緒にPD見て次のミッションはどれにしようか、とか相談したじゃん」


 クロウとしては至極真面目に。


 ハルカとしては頓珍漢極まりない発言を返されて、彼女は思わずその顔を引きつらせる。


「クロウさんって学校とかに行ったことあります?」


 いや、学校に行っていたとしても、18の男ならば成長の過程で自然に知ることになるはずの知識なのだが、それでも、クロウにそんな問いかけをしてしまったハルカ。


 対するクロウは、それに。


「……ああ、学校か」


 感情が抜け落ちる。


 消える、でも、無表情になる、でもなく。


 本当に感情がストン、とどこか真っ暗闇に落ちていくような錯覚を覚える変化だった。


「───」


 なぜかハルカはそんなクロウの表情になにも言えなくなる中、クロウはあくまで平然とした態度で──だからこそその感情の無い表情の不自然さが目立つような状態で──後頭部をガリガリと搔きむしる仕草をして、


「まあ、お察しの通りだよ。学校とかそういう教育機関に通ったことはない。ああ、でも最低限の教育は受けていたぞ? VR家庭教師……そういう教育を遠隔で受けさせてくれる程度のそれは、だけどな」


 言って苦笑するクロウ。


 だが、なぜだろう、ハルカにはその表情があまりにも痛々しく見えた。


「クロウさん」


 ポツリ、とハルカの口からクロウの名前が自然とついてでた。


 クロウの真っ黒な瞳をまっすぐと見据え、ハルカはその手を差し伸ばす。


「いま、知らなくても、これから知っていきましょう。もしわからないことがあったら、私が教えます。クロウさんが知らないこと、知りたいこと全部、教えますから」


「??? ありがとう……? でも、それは申し訳ないな──いや、俺が知らないのが悪いんだけど、そのためにハルカさんの時間を奪うなんて、さすがに」


 妙な遠慮を見せるクロウに、ハルカは苦笑しながら首を左右に振る。


 その上で彼女は「大丈夫です」と口にして、


「遠慮はいりませんよ。先ほどもいったように私は覚悟をもってあなたと共にあります。こうして一緒にいようとした時点で、一生あなたを支えるつもりなんですから」


 ハルカとしては、最大限の好意をクロウに対して言葉にしたつもりだった。


 余人ならば間違いなく伝わった。なんなら直截すぎて相手の狼狽すら引き起こすほどの明白な好意を口にしたハルカ──だが、悲しいかな、相手はクロウだ。


「いや、一生はさすがに遠慮しておくよ」


 ハルカの表情がピシリと固まる。





     ☆





 妙な空気になったな、とクロウもまた顔をひきつらせた。


 目の前で固まるハルカ。


 クロウとて、バカじゃない。自分がなにか余計な一言を言ってしまったことは理解できた。


 問題は、なにが原因なのかを理解していないということだ。


「あ、えっと、ごめん、ハルカさん。俺、変なこと言ったかな」


 なんとか彼女の機嫌を戻そうと、そう言葉を口にしたクロウ。


 だが、謝りつつ問いかけをぶつけるというそれが、こと謝罪という面では絶対にやってはならない最悪手だとクロウは気づいていない。


 幼少のころから、少数の人間以外との対話を禁じられてきたクロウは、実を言うと他人との交流を持ったこと自体〈フロントイェーガーズ〉を始めた13歳のころからだった。


 それでもゲーム内で他プレイヤーと交流を持ったことで、ある程度の礼節と対等な関係同士での対話ぐらいならば問題ないのだが……こと男女の機微についてはとんと疎い。


 ぶっちゃけ、小学生でもまだましなレベルで、いっさいその手の知識を持っていないクロウが無自覚に墓穴を掘っていくのに、ハルカはますますその顔から表情をなくしていって。


(ど、どうすればいいんだ、この空気⁉)


 無理解の極みに陥っていることに、そもそも自覚がないクロウが内心で頭を抱える。


 だが、そんな空気も長くは続かなかった。


 ピロリン。


「ん? あ、ごめん、ハルカさん。キャシーから連絡だ」


 クロウのパーソナルデバイスPDに先ほど別れたキャシーから連絡が届いたのを見て、クロウはハルカに一言断りを入れてからそちらを開く。


 メール形式で送られたそこにはこのようなことが書かれていた。


《クロウ、ハルカ。お二人でお楽しみのところ悪いんだけど、緊急で依頼。私達が支援している輸送商隊キャラバンで問題が発生して護衛が足りなくなったの。だから、あなた達にその護衛を依頼したいんだけど、いいかしら?》


 よっぽど切羽詰まっているのか、文章的にはややおかしな文面のそれを見てクロウとハルカの顔に訝し気な表情が浮かぶ。


輸送商隊キャラバン……?」


「シティとシティの間で物資を輸送する集団のことですね。シティ直属ではなく民間の立場をとる方々で、確か企業同盟の傘下組織でもあったと思います」


「──! それって」


 とっさにハルカの方を見るクロウ。


 ハルカもその時ばかりは直前までの会話を忘れてクロウの方を見返す。


 二人が互いの瞳をぶつけ合う中、代表してハルカが頷きをもってそれを口にした。


「はい、エリュシオンラインへ至るための足掛かりとなるかもしれません」

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