第2話 無能の烙印
◇
そして現在、4月24日。オレは普通の無能力者として月虹異能学院大学付属高校(通称、月虹学院)に通っていた。
教室内、中休み。
「おい、
あーまたか、面倒くせ。
「あ? お前、今、面倒だとか思ってないか?」
いや無駄に鋭いな。
「無能の分際でいい加減にしろよ!? 俺はレベル『4』だぞ??」
あー凄い凄い。
確かに討伐隊の異能士にはレベル『5』から成れるため、彼のそれは言うほど低くはない。討伐隊に入るには「ギア」という二人一組を作る必要があるが、このモテ男なら適当に優秀な女子と組めるだろう。
特に月虹学院は優秀な生徒の集まり。基本レベル『3』以上の集団。
レベル『3』以上と言っても能力を磨けば数値は変動する。とどのつまりこの学校は最強予備軍の集まり。
「はいはい……」
もう日課となった。抵抗するのも面倒だし、そもそもそんなくだらないことで一日のエネルギーを消費したくない。
この偉そうにデカンと座る高身長男は、赤髪で筋肉質な身体のモテ男Aだ。
興味が無さ過ぎて名前は忘れた。なのでモテ男A。
現代は能力レベルが高ければモテるし、偉いし、金持ちになれる。そんな狂った世界。この現実を甘んじて受けるしかない。
レベル「-1」のオレは普通とさえ扱ってもらえない。これが現実。
オレは後ろの棚から異能関連の教科書を持ってきて、手渡すと。
「あ? なに見てんだよ無能!!」
礼も言わず強引に教科書を受け取るモテ男A。
いや、対象を見ずに手渡すとか無理だろ、と思いながらも黙っていると。
「てかお前『無能菌』つけてないだろうな! 教科書についてたら困るんだぞ! 俺まで無能になっちまう!」
持ってこいと言ったのはそっちだろ。なんて理不尽な。
「なんだよ無能菌って! おもろすぎだろ……はははっ!」
取り巻き達も笑いたい放題。
無能菌という単語でそこまで笑える能天気な頭なら、この先苦労するだろうが。
そもそもそんな菌が存在すると思っている時点で可哀想だ。
「別に間違っちゃいねーだろ。こいつレベル『-1』……無能力者以下なのに、こんな異能名門校に通ってたんだぜ? ヤバすぎだろ。どうやって入学したんだよ?」
オレはその場で棒立ちし、何も言わない。
別に言い返せないわけじゃない。単純にその行為に意味がないと判断しているだけ。
実際オレは取引してこの学校に入学している。あながち間違いでもない。
ただ、無能というのは君らのような人さ、と少し思ったりもするが。
そのオレの表情が気にくわなかったようで、モテ男Aに突然蹴り飛ばされた。
「オイ! いいからさっさとあっち行け!」
はぁ……どうにかならんのか。
周りの生徒らは見て見ぬふり。素知らぬふりを貫く。
当然。
それが一番いい選択肢だと知ってるんだ。巻き込まれにくる方が馬鹿なのだ。
「はぁ……帰ったら
強く決意し、そのまま廊下へ出ると、教室の前で水色の髪と瞳を有する女子生徒が高貴な雰囲気を醸しながら立っていた。
「柊 蒼斗……あなた、言い返さなくていいの?」
この水色髪セミロングの美少女は
信じられないが彼女の能力レベルはなんと『7』。既に最高レベルであり、彼女を欲しがる異能士組織は後を絶たないだろう。
「別に。好きに言わせとけばいいだろ」
「だからあなたは無能なのよ」
「そんなこと言われたってなぁ。オレにはどうしようもないんだ」
「それはあなたが抵抗しないからでしょう?」
名前の通り冷気に満ちた視線を向けてくる。思わず興奮してしまいそう……ではなく……凍えそうだ。
「抵抗したって同じ。仕返しされるだけだ」
そう、なんなら倍返し。もっと加害者を増やしていくかもしれない。
人は本質的には皆同じ。自分が優れていると思いたい、もしくはそう納得したい。そういう生き物だ。
別にそれは悪いことじゃない。人を見下して満足する程度の低俗な人生ならそれもいいだろう。
「……私は、そういう生き方が一番嫌いなの。諦めたようなその生き方が」
あーそうかい。
別にこっちもあんたに好かれたいわけじゃないんだがねぇ?
◇
なんとか授業を終えた下校中の帰り道で、今度は知らない女子二人組が――。
「ねえ見て。あれって
「ほんとだぁ、でもなんか思ってたのと違う。もっと、ちんちくりんかと思ってた」
「いや、でも十分ちんちくりんでしょー。なんかワイロで入学したって噂があるほどだよ?」
いつも通りに心の風評被害を受けながら、オレは家に帰ろうとしていた。
その時だった。
近くの民家と民家の隙を走る何かが見えたのは。
「ん―――?」
オレは素早く反応し、それを横目に見た。
その何か――黒い人型はピト、と裸足で正面の道路に着地する。
「おいおい、それは面白くない冗談だ……」
オレは落ち着いていたが、一方で先程うしろでオレの噂話をしていた女子生徒二人組が取り乱す。
「きゃあぁぁぁぁ!!
「そんな……ウソ……あり得ない……! ここは消滅地域から400キロメートル以上も離れている東京安全地区……影人がいるはずない!! どうして!!」
女子達はこれだけ悲鳴を上げ、叫んでいるのでもちろん、人の体温や人の声に反応を示す影人という人型のバケモノは容赦なくこちらへ歩いて来た。
「ガァァァ……ァ……ァ……」
「はぁ……頼むから静かにしてくれ……」
その正面の黒きゾンビは、正確にはオレの後ろへいる女子二人組に向かってきているわけだが、その前に獲物がいればそっちを優先する。
つまり、目の前の男性型影人が狙うのは背後できゃあきゃあ騒ぐ女子達ではなく、あくまで手前の「オレ」となる。
なんという傍迷惑。
ピト、ピト、ピト……。
一歩、また一歩とこちらへ進んでくる影人は、涎でも垂らすかのように、食欲そそられたバケモノのように、オレを美味そうに赤い瞳で見てくる。その赤き眼光で狙いを定めてくる。
「オレは食っても美味しくないぞ。保証する」
ビュン――――――。
折角美味しくないと教えてあげているのに、男の形をした影人は目にも留まらぬ速さでオレの左側に周り、途端距離を詰めてくる。
オレは前を向いたまま俯いた。
そして苛立ちを微かに表し、言う。
「オレ、今、言ったよな? 美味しくないって」
その言葉も、大した知性を持たない影人には理解できない。
影人は人間との意思疎通が不可能な怪物たちなのだ。
一般的には犬ほどの知性と言われている。
「やばいっ! このままだと
左より急接近する影人。既に2メートル未満。今にも食われそう、殺されそう。
背後の後輩女子からはそう見えているだろう。
確かに恐ろしいほどの殺気だけは漏らす影人だが――。
オレはその刹那、左手の手のひらをまっすぐと接近してくる影人へ向けた。
「ガアアアアアアアアア!!!!」
影人はオレの些細な行動など気にせず、鋭利な爪をナイフのように突き立てようとしてくる。
その攻撃は、人に当たれば確実な死をもたらすであろう威力と速度を持っていた。
しかし、その一撃を前にして黙っているオレには、焦りや絶望といった感情はまるでなかった。
それどころか、その影人相手へ見向きもしない。
“道端のアリをいちいち気にして歩く奴がどこに居る?”と。
影人の鋭き攻撃がこちらに届く寸前、オレは呟く。
「
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