清算は冬の寒さと共に

星空青

第1話 後悔は雪のように

 ある日の冬、例に漏れず冷たい風が吹いていた。駅前は騒がしく、厚着をした人々が寒さに震えながら人を待ったり歩いたりしていた。

 自分も人を待っているのだが一向に現れない。相手の特徴を知ってはいるし自分の服装も教えている。約束の時間はもう二十分を過ぎた。この駅に発着する電車の遅れは出ていない。

 念のため、メッセージを送るが既読が付かない。不安は募るばかりだった。

「やっぱり、出会い系なんて信用するんじゃなかった」

 せっかく高い金を払っているのにこの仕打ちはないだろうと、後悔の念とともに言葉を吐く。

 気合いを入れて髪を整え、服も普段しないような見栄えのいいモノを用意した。なのにこれである。ため息を吐く以外に出来ることなどなかった。

 そんなこんなで結局、約束の時間から一時間が経過した。いよいよ『ばっくれ』と判断し、せっかく出かけたのだからご飯ぐらい食べようと歩き出そうとした時、

「あの」

 と、女性に声を掛けられた。ようやく来たかと振り向くと、教えられていた服装とは違う女性がいた。しかもプロフィールの顔と全然違った。

「もしかして、ドタキャンされたのかなって」

「へっ?」

 見知らぬ女性に自分の現状を言い当てられ、思わず言葉にならない言葉が出る。

「その、私もドタキャンされちゃったみたいで…………良かったら一緒に食事でも」

「…………」

 すぐには頷くことはなかった。もし宗教の勧誘とか詐欺、ぼったくりにあったら目も当てられないからだ。もしそうなれば、自分の情けなさに思わず自暴自棄になり全裸で踊りだすだろう。

 見ると、女性の華奢な体躯は震えていた。それもそうだ、気温が一桁のこの時間にミニスカートに生足、ましてやカーディガンのような薄着なのだから。季節感の欠片もないその恰好に自分は罪悪感すら覚えた。このことが自分が首を縦に振らせるきっかけとなった。

「じゃあ、そこのファミレスにでもどうです?」

 と、近くの雑居ビルに入っているチェーン店のファミレスを指さす。

「……はい!」

 女性は明るく返事をした。こうして、見知らぬ人と食事をすることになった。道中、お互いのことについて軽く話した。女性の名前は美優と言い、田舎から上京し出会いを探していたが不幸にもこうなったらしい。

田舎に比べれば寒さなんて大丈夫と息巻いてきたが、彼女にとってこの寒さは想定外らしかった。

「いらっしゃいませ、二名様でよろしいでしょうか」

「はい」

「では、こちらにどうぞ」

 ギリギリ夕飯時を外れていたためか、若干の空席がありすんなりと座ることが出来た。彼女はキラキラした目でメニューを見ていた。自分は見慣れたメニューを眺め、いつも頼んでいるパスタに目をやる。

「私、ここに来るの初めてで、田舎になかったからすごい新鮮です!」

「そうなんですね。で、決まりました?」

「い、いえ……ちょっと待ってください」

 たくさんあるメニューに彼女は目を回しているように見えた。

「あ、あのあなたは何に?」

「自分はパスタにしようかと、ここに来るといつもこれなので」

「じゃあ私もそれで」

 そう、彼女は言った。別のにすれば良いのにという無粋な言葉を飲み込み、店員を呼ぶ。すっかりルーティン化した注文をし、同時に頼んだドリンクバーへと飲み物を取りに行く。

「飲み物なにか好みとかあります?」

「いえ、特にないので適当にお願いします」

 彼女は慣れないファミレスの雰囲気に緊張しているのか、自分の問いかけに背筋を伸ばして答えた。笑いそうになるのをこらえ、ドリンクバーへと足を運ぶ。適当に黒い炭酸飲料とウーロン茶をコップに注ぎ、席へと戻る。

「ありがとうございます」

「いえいえ。そんな」

 と、社会的な言葉を交わし席に着く。五分もしないうちに料理が到着した。壁際に置かれたケースからフォークを二本取り出し、その内の一本を彼女へと渡す。

「そう言えば、あなたはなんで、出会い系に?」

 思い出したかのように痛いことを聞かれる。誤魔化すのも悪いと思い、正直に話すことにした。

「友達とのノリでっていうの一番ですね。いい加減、過去のことを忘れようとっていうのが次点です」

「過去?」

「ええ。昔、初めて出来た彼女をまだ引きずってるんです。しょうもないでしょ?」

 と、自虐と苦笑いを含んで話す。

「そうなんですね。まぁ私も似たようなものですよ」

 さっき話していたこととは違うことを彼女は言った。気にならずにはいられなかった。

「なんていうか、失礼なのは承知ですけど、女性にしては珍しいですね。女性はあまり過去を引きずらない印象があるので」

「そう言われればそうですけど、私はまぁ異端よりではあるので」

 なんとも言えない空気が広がった。失敗したと思った。最悪だ。

「でもまぁ、これも何かの縁ですし楽しいお話でもしましょうよ」

 彼女は取り繕った笑顔で言った。余計に申し訳なさが襲ってくる。

 その後は特に進展はなく、普段していることを適当に話した。そして、ドリンクバーへと数回赴き、いよいよ退店まで秒読みとなった。

「じゃあ、そろそろ」

 と、自分から切り出した。さすがに終電までいる理由もない。早く帰るに越したことはない。

「そうですね。お支払いは…………」

「いや、自分が。どうせそのつもりだったので」

 そう言い、伝票を持ちレジへと向かう。会計を済ませ、店を出る。外はまだ寒く、人もまだ多かった。

「今日はありがとうございました」

「いえ、こちらこそ」

「それじゃあ」

「……あの」

 と、去る彼女をふと呼び止めた。

「これ良かったら」

 そう言い、カバンに入っていたカイロを差し出した。

「えっ?」

「もし風邪でもひかれたらこっちが申し訳ないので」

「ありがとうございます」

 彼女はカイロを受け取ると、駅へと向かって歩いていった。自分は彼女の背中が消えるまで歩くことはなかった。そして、カイロを渡したことで少し申し訳なかった気持ちが晴れた気がした。

 少しだけ、過去に清算が出来た。それだけで今日あった嫌なことが雪のように溶けて消えていった。

 

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