第8話 信頼し合う仲間

 負傷したゴブリンが討伐された後、母から1ヶ月は一人で出歩かないよう言われた。


 現在、俺達が住む5番地区やその周辺では、重点的に魔物の駆除を行っているそうだ。


 そのため、しばらくはコアラ隊達との訓練もお休みだ。


 実はコアラ隊のメンバーとは、ステータスウインドウ経由で連絡が取れている。


 メンバーの呼び名を付けた後、「警備員召喚LV1」の解説にメンバー名が表示されるようになった。各メンバーを選択すると、メッセージを入力できる欄があった。それで休みの事を伝えられた。


「カイ君、オレ達は森で修行しているから心配しないでね」


 とコアタカは書いてくれていた。


 コアウス、コアキリからも元気なメッセージが来て安心した。


 ◇


 外出が難しくなった俺は、一人で家にいる時は自室でスキルの訓練をしている。


 あまりに集中し過ぎて、母が家に帰って来たのに気付かなかった事もあった。


 時間的に大丈夫かと思って「警戒」を作動させていなかったら、母の予定が変わって帰って来たんだよね。


「ライト」を使ってヲタ芸の練習をしている最中に、ドアをノックされた時は焦ったよ。


「ギシギシと音がしているから静かにね」


 とノック後に、母がドアを開けて言った。


 体操していたと誤魔化したけど……誤魔化せたよね?


 そんなこんなで、ようやく1ヶ月が経ち、俺はまた一人での外出許可が出た。


 ◇


 そして、今日は俺の「はじめてのおつかい」だ。


 今まで家族と一緒に市に行ったことはあったが、一人で行くのは初めてだ。


 週に二度、光と風の曜日に5番地区では市が開かれる。


 その市で、指定した野菜を買ってきて欲しいと母に頼まれた。


「良い野菜を選んで買って来てね」


 とプレッシャーのかかる事を言われる。


 俺は今世の買い物経験が無いことから、ちょっと緊張している。


 お金は、銀貨1枚と大銅貨8枚渡された。大銅貨3枚分はおこずかいとして好きに使っても良いとの事


 ちなみに、この国では硬貨を使って金銭のやり取りをしている。


 俺の感覚では日本円で換算すると、鉄貨1円、銅貨10円、大銅貨100円、銀貨1,000円、金貨10,000円といった感じだ。


 つまり、今回のお使いに1,800円渡され、その内300円を貰ったような印象となる。


 俺は野菜を入れる大き目の袋を背負った。そして、硬貨を入れる袋は紐で首から下げて上着の中に入れた。


 5番地区は比較的治安の良い場所だが、スリなどに無防備であれば被害が無いとは言えない。


 ただ、この辺りは顔見知りだらけなので、何かあれば周りの大人が助けてくれるとは思うが。


 あとは「警戒」を常時発動しているので、悪意のある人間が俺に近づいてくれば、注意する事もできる。


 俺が家を出ると、向かいの家の前に置いてある長椅子に、エト爺さんと、そのひ孫であるルート君が一緒に座っているのが見えた。


 エト爺さんは、小さな頃から俺とセシル姉さんの面倒を見てくれてた人だ。そしてルート君は、先日俺がゴブリンから助けて、かつ俺の全裸ダッシュを目撃した幼児だ。二人は曾祖父とひ孫の関係になる。


「あ、はだかのおにいちゃんだ!」


 ルート君が俺に気付いて声を上げた。以前は只の「おにいちゃん」と呼ばれていたのに、あの事件以来グレードアップしたようだ。


「おお、カイか。何処かに出かけるのかな」


「市に行くんだよ。お母さんに言われて、お使いなんだ」


「では丁度いい。ワシらも市に行こうと思っておったんじゃ。一緒に行こう」


 そうして二人と一緒に市に行く事になった。


 いきなり一人のお使いが三人になったけど、まあいいか。


 市に向かう道中で、俺が始めて市で買い物をする事を伝えると、エト爺さんは値段交渉のコツを教えてくれた。


「最初はのう、相手は高めの値段を言ってくるのじゃ。逆にこちらは安めに言う。そのやり取りをしている内に、お互いに丁度良い値段に落ち着かせるのじゃ」


 ちょっと4才児にその交渉は無理だよね?


 エト爺さんは昔、行商人をしていたそうだ。だから色々と商売について詳しいようだ。


 市に着くと、そこは大勢の人で賑わっていた。木組みの柱と布の天幕で作られた広い空間の中に、複数の小売りの店が並んでいる。


 段状に板が設置され、その上に籠に入れられた野菜や果物、干し肉、日用品など様々な商品が置かれていた。


 エト爺さんによると、生産している農家や畜産家が直接持ち込んだり、行商人が各地で仕入れた商品を販売しているとの事だ。


 俺がどうしていいのやら戸惑っていると、俺の母から貰った買い物メモを見ながら、目利きのアドバイスをくれる。


「春のシャベツは大きさの割に軽い物の方が良い。あとは外の葉が濃い緑の物を選ぶんじゃ。ほれ、これなんかどうじゃ」


 そんな知識を提供し、美味しそうな野菜を選んでくれた。


 定員との値段の交渉だが、殆どの店員は4才児に対して優しかった。値段を示されるが、エト爺さんの方を見ると頷いて適正価格である事を教えてくれる。


 時折試すように高値を示す店員もいたが、エト爺さんが耳元で交渉開始の価格を教えてくれた。


 相手の店員も本気で交渉するつもりは無いようで、幼児の買い物訓練に付き合ってくれる。


「うーん、坊主には負けた。この値段で勘弁してくれ」


 という感じで、結局普通の値段に落ち着いた。


 俺の買い物は全て終わった。俺はお礼を兼ねて、おこずかいの大銅貨3枚で屋台のお茶を3杯購入し、エト爺さんとルート君に振舞った。俺達は屋台前に置かれた椅子に座って一息付く。


「気を使ってくれてすまんのう。こういう気遣いができるお主は、良い商人になれるぞ」


 エト爺さんは、嬉しそうに言う。


「今日は僕の買い物しかしていないけど、いいの?」


「特に用事はないんじゃ。ルートの御守りついでの、散歩コースの一つなんじゃ」


 俺達は集落の方に戻る事にする。帰り道、ルート君は疲れたようで、エト爺さんに背負われて眠っている。


 エト爺さんは歩きながら話し始めた。


「ワシは行商人を長くやってわかった事がある。商売において最も大事な事、それは信頼なんじゃ。お互いに信頼し合う関係を作る事ができれば、その取引に間違いはなくなる。そして困った時に、信頼関係があれば乗り越えられるんじゃよ」


 信頼関係かー。確かにお互い信頼してないと、商売も上手くできないよね。


「ここで、例え話を聞いてくれんか。ある場所に、ひ孫を大事にしておる仕事を引退した老人がおったとする。ところがある日、外で遊ぶひ孫の服を取りに家の2階に上がったら、そのひ孫が魔物に襲われそうな様子を見てしまう」


 その時の様子を見てたの! マ、マズイかも?


「すると、突然魔法の壁でその魔物を防ぎ、そして光の弾で魔物を退ける勇者が現れた。そんな勇者を老人は心から感謝し、尊敬し、信頼しておる」


 て、照れる―!


「そして、その勇者は恥ずかしがり屋で、人には姿を見せたくないらしい。老人は絶対に他人にその正体を明かすことはせん。老人は、そのことを勇者に信頼して欲しいと思っておるのじゃ」


 エト爺さんは遠くの方を向いて言う。


「これは例え話じゃ。だから返事は必要ないんじゃ」


 俺は、エト爺さんに言われた意味を良く理解しようと努めた。


 そして俺の心の中に存在する、エト爺さんに伝えなきゃいけない事に俺は気付いた。


「一つその話に、加えていいかな」


「うむ」


「勇者は、いつもその老人にお世話をしてもらっていて、既に老人を信頼しているんだ。だから、信頼して欲しいなんて頼まなくていいんだと」


 エト爺さんは「そうか」と言ったきり、しばらく考えこんだ様子で歩いていた。


「では話の最後に付け加えておこう。老人は感謝の印として、勇者にある夢を託す。それは音楽を奏でる魔道具の姿をしており、普段は皆を楽しませてくれる。だが、その本当の意味は、いつか勇者が旅立つ時に伝えられるだろうと」


 エト爺さんは自分の腰袋――おそらくマジックバックから魔道具を出し、俺に手渡してくれた。箱にラッパ型の金物が付いていて、蓄音機みたいな形をしている。


 エト爺さんの言う夢が何なのかはわからないけど、きっと本人には大事なことなのだろう。そして、その本当の意味は将来教えてくれるみたいだ。


 こうして、俺とエト爺さんは信頼で結ばれた仲間になった。


 幼児と仕事を引退した老人とは随分と年が離れているけど、そんな事は関係ないんだと思ったよ。




 その後、ルート君の目が覚めた。そして、俺に話しかけてくる。


「はだかでおそとにでたいけど、とめられる」


「はだかでひなたぼっこしたい」


 といった裸族の悩み相談があった。俺に触発されてしまったのだろうか。


 俺は、外で裸になると、虫に刺されて大変になることや、日焼けして水浴びが出来なくなることなどデメリットを切に訴えた。


 彼の裸体外出願望が収まると良いんだけど。


 ◇


「はじめてのおつかい」で、頼まれた野菜を購入するミッションは完了した。結局三人での買い物ではあったが。


 母に買ってきた野菜を渡すと、頼んだ物が全て揃っていることを褒めてくれる。


 そして買ってきた野菜が、あまりに目利きが良くて絶賛され過ぎてしまい、母に購入の経緯を言い出すタイミングを失ってしまった。


 これって、エト爺さんが殆ど野菜を選んだことがバレると、母の信頼を失うかな?


 小心者の俺は、そんなことを心配するのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る