第7話 初めての警備

 コアラ隊と出会ってから1年半が過ぎた。俺は現在4才で、あと2ヶ月程で5才になる。


 ≪ライトショット≫


 魔法陣が広がり、光の弾丸が飛ぶ。そして的代わりに設置した防壁にぶつかり、光が四散した。


(カッケー!)


(流石リーダー!)


(凄いぜ!)


 コアラ隊のメンバー、コアタカ、コアウス、コアキリの目を見ると、それぞれ称賛の声を伝えてくれた。この声援が俺のやる気を盛り上げてくれる。


 今、俺はいつもスキル練習をしている元工場の空き地で、光魔法の「ライトショット」の試し打ちをしていた。


 光の弾丸で攻撃するこのスキルも、最近の練習の積み重ねで段々と精度が上がってきた。それが可能になったのも、一人になる時間が増えたからだ。


 俺は4才になってから、近所であれば一人で出かけることが許されるようになった。


 それに最近セシル姉さんが、街中にある初等学校に通い始めたので、一人になることも多い。


 だから、こうしたスキルの練習が前と比べても格段にやりやすくなった。


「次はコアラ隊の番だよ」


 コアラ隊は、成長して前よりも動けるようになっている。


 彼らは俺が用意した的の前に移動し整列した。的は穴を開けやすいよう、極端に薄くした防壁に印を描いた物だ。


 彼らの武器は、コアラ棒と呼んでいる黒い棒だ。俺に召喚されてから使えるようになったようだ。


 コアラ棒の特徴は長さを自在に変えられることだ。例えば、構えておけば移動せずに付きを放てる。


 彼らはそれを、警備員服の上着のポケットから自由に出し入れできる。そのポケットはマジックバックになっていて異時空間につながっており、容量は少ないが武具程度であればしまえるそうだ。


 コアラ隊は的の前で、棒を持って構える。そして棒の先を伸ばして、的に向かって付きを放つ。的の穴が次々と開いていく。


 コアタカ、コアウス、コアキリの三人が、一生懸命練習している姿は可愛い。だけど実際コアラ棒が自分に当たったら、とんでもないことになりそうだ。


「次は皆でいつもの訓練だ」


 何故だかコアラ棒には光る機能が付いていた。使い手がイメージすると部分的に光ったり、色を変えたりできるのだ。


 もうこれ、やるしかないよね。


 俺達は光の軌跡を追い求めた。コアラ達も楽しそうに踊ってくれる。


 コアラ達と一緒にヲタ芸ができる異世界。ここは天国だろうか。




「今日はこれでお終いにしよう。皆またね!」


 ≪コアラ隊帰還≫


 魔法陣が展開する中、コアラ隊は敬礼をして消えていく。随分と訓練が進んできたのを感じる。


 彼らのポテンシャルも見えてきて、今後が楽しみだ。


 俺は本日の訓練を終え、家に帰宅することにした。


 ◇


 俺達が住んでいる町はバルテナという名だ。そのバルテナ町の郊外に家族の家がある。


 今日は、その俺達が住んでいるバルテナ町5番地区の集会が行われており、父と母が参加している。また、地区集会場に大人達が集まっているため、集落内に残っている人は殆どいないはずだ。


 セシル姉さんも学校のため、あまり人目を気にせずのんびりと帰ることができる。


 俺は「警戒」を常時起動させながらも、気を抜いて家に向かって歩いていた。


 しかし、そんな気分は警戒表示により消し飛んだ。


 ゲ! 緑の□マークが集落に近づいている! これは俺にとって、結構脅威の魔物がいるってことだ。


 これまで集落に、魔物が現れたという話は聞いたことがない。


 俺は走って、自宅の敷地に辿り着いた。そして、家の影からその□のいる方を見る。


 すると、ボロボロの剣を持った人型をした魔物が、山側の道沿いに集落の方へ歩いてくるのが見えた。俺より少し背の高い緑色のしわだらけの体をしたあの姿は……


 ≪鑑定≫


 魔法陣が広がり、鑑定結果が面前に見える。


名前:

種族:ゴブリン

性別:オス

年齢:3

LV:4

強化:140

魔力:7/7

SP:0

取得スキル:剣技LV1

種族スキル:威圧LV1


 ゴブリン! 思ったよりキモイ姿だった。あの魔物感を前に「威圧」を受けたら、体が動かなくなってしまうかもしれない。


 すると、ゴブリンが何かを見つけたようだ。


 その視線の先を見ると、道を挟んだ向かいの家の空き地で、近所に住む幼児のルート君が一人で地面にしゃがみ込んで何かしている。たしか2才だったはず。


 ルート君はこの状況に気付いた様子はない。


 ゴブリンがそちらを見て、醜悪な笑みを浮かべた。


 ヤバイ、ヤバイ、ヤバイ!!


 ヘブンゲームの時に、タリウスから貰った腕輪を取り出すイメージで詠唱する。


 ≪アイテムボックス≫


 魔法陣が出て、透明になる腕輪が手の中に納まる。


 クソ! もうこの方法しか今は思いつかない!


 一瞬ためらったが、腕輪を右手首にはめる。そして自分が透明になることを強く願う。


 腕輪と俺の体は見えなくなった。しかし俺の服は消えていない。


 タリウスは「使いどころを考えなきゃいけない」と言っていた。それは、着ている服までは透明にならないため、服を脱ぐ必要があるという意味だった。


 俺はそのことを以前実験していたので知っていた。


 あと、およそ3分程で俺の魔力1を使う。使用者の魔力から直接補充するタイプだ。訓練後の俺は魔力の残りが少ないという事もある。


 腕輪で魔力1使用した場合、俺の魔力は残り3。


 でも、自分の身を隠しながらゴブリンに向かうにはこれしかない。そして、透明なのが攻撃の際、俺に有利に働くだろう。


 俺は怖くて震える体を、ヘブンゲームでコカトリスに向かった時はこれ以上の恐怖だったと言い聞かせ、押さえつける。


 そして急いで服を脱ぎ、俺は透明ながら生まれたままの姿で隣の家に向かって駆け出した。


 この姿心許ない! 防御力まさしくゼロ!


 ゴブリンが、ルート君に向けて走り出す。


 この距離、イケるか!


 ≪防壁≫


 ゴブリンの進行方向に壁が生じる。急に現れた壁にぶつかり、地面を転げるゴブリン。


 ゴブリンは立ちあがって俺が詠唱した方を向くが、俺は既に横に走り位置を変えている。


 そして、効いてくれ!


 ≪ライトショット≫


 光の弾丸がゴブリンの体を吹き飛ばす! ゴブリンは何とか起き上がるが、腹に穴が開き青い体液が流れ出ている。結構なダメージを与えたようだ。


 これでもう攻撃用の魔力が無くなった。


 ゴブリンは見えない敵の存在に訳がわからないという様子で、腹を押さえて後ずさった。やがて野原の中を山の方に向かって去っていった。


 よ、よ、よ、良かったーーーー!!


 俺は呆然と突っ立ていたが、腕輪の透明効果が消えるとマズイということを思い出し、防壁を消して家に向かって走り出す。


「あ! おにいちゃーん!」


 と後ろからルート君の声が聞こえるが、ともかく走る。


 そして脱いだ服を拾い家の裏手に着いた時、自分の姿が見えていることに気付いた。


 時間切れだ。ヤベー!


 まあ、彼に戦いは見えていないことにしよう。もう終わったことだ。どうにもならないよ。


 俺は急いで服を着た。そして、裏口から家に入り自室に戻った。


 ◇


 自室で、今回の戦いはかなり無理があったことを思い返す。


 例えば、あの「ライトショット」が外れたり、致命傷にならなかったとする。そうすると、その後の戦いで裸の4才児には、抵抗すべき手段がない。


 本当は訓練後であっても、もっと魔力に余裕を持たせておくべきだった。


 ここは、魔物が居る地球とは違う危険な世界だ。もしかすると、これまでスキルの力に目が行き、リアルな生死の現実が見えていなかったのだと思う。


 でも一方、ルート君を救えたことに心からの安堵感があった。


 ルート君を含め、家の周りの集落の人は皆、家族のように接してきた大事な人達だ。


 もし俺がこの状況の中で、ただルート君が魔物に襲われるのを見ているだけだったら、俺は一生自分を責めたかもしれない。


 咄嗟に体が動いたのは、天界での決意のお陰だろうか。


 俺は初めての警備対象が自分以外の人であったことに、少しの恐れとこれからの未来を感じた。


 ◇


 その後、負傷したゴブリンは少し離れた場所で見つかり、大人達に討伐されたようだ。あのゴブリンがどうなったか気にしていたから良かったよ


 ただ、それとは別にルート君は、俺の全裸ダッシュを見たことを大人に話したようだ。


「カイ……開放的な気分になりたいのもわかる。お父さんも酔っぱらうとそんな気持ちになるしな。でも、脱ぐのは今度から家の中だけにした方がいいぞ」


 その話を何処かで聞いた父は、神妙な顔をしてそう俺を諭す。


 でも、ちょっと口の端がモニョモニョしてません? 絶対内心笑ってるだろ!


 俺は心のダメージを受けたが、その真相を父に話すことはできなかった。


 父の後ろで、母は完全に笑いを堪えていた。父との話が終ると、俺の傍まで来て耳元でささやいた。


「大丈夫よ、カイ。お母さんはわかってるから」


 お母さーん! 何を分かってるんでしょうか! 怖くて聞けないんですが!

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