第3話
□□□
「見て見て!すごいよ、この建物!三階もある!」
「そうですなぁ」
「にゃぁ……」
う、うーん?
なんか、さっきの百合展開の雰囲気が完全に消え去ってメアリーちゃんは観光モードに入っちゃってる。
さっきの美人のノエル?さんを見てたときのあれは何だったのさ?
色々聞きたいけど私、猫なんだよな。
……ノーブル脅すか。
「……にゃ」
「…………はい?」
「……にゃ!」
「……素直に自分で聞けば宜しいのでは?」
「にゃにゃ!!」
「……分かりました」
ふっ、勝った。匿名性を勝ち得た。
メアリーちゃんに『こいつそんなゴシップみたいなことするの?キモッ……』とか思われたくないし……
「御主人。何故先ほどの冒険者に熱っぽい視線を向けていたのですか?…………と、パール殿が聞きたいそうです」
「にゃっっ!!?」
なっ、こいつ!?騙しやがった!!
私が聞きたがってること、内緒にするって言ったじゃん!!
あっ、何その目!!
そんな「ふっ……」って冷笑するみたいな感じ!!
「あ~~、そっか。パールには話してなかったもんね。よいしょっ、おいで、抱っこするよ」
「にゃはっ!?」
「お~~、よしよし」
おっほっ!?
やっ、やわらかっ。
はっ!?はじめての抱かれ心地、はじめてのフィット感~~!!
「んーとね。ノーブルは知ってるんだけど、まず、私のお父さんが冒険者だったらしいんだ」
「らしい、っていうのは私が産まれてから一度もお父さんに会ったことなくて全部お母さんからの話で知ってるからだからね」
「とにかく、お父さんは元々世界の色んなところに行ったり来たりして冒険をメインにしてたんだって」
「お母さんはだいたい私と同じくらいの年のときまでエルフの里で暮らしてたんだけど、ある日退屈しのぎに守りの森の外に出たことがあったらしくて、その時に偶然お父さんと出会ったらしいんだ」
「そこで、一目惚れ?っていうのをしたらしくて、それでお父さんの冒険についていくようになったんだって」
「にゃ?」
「一目惚れがどんなものか知らないの?……だそうです」
「あぁ、えっとね、多分人のことを好きになるってことだと思うんだけど。なんかお母さん、そういう単語の意味を教えてくれないことが多かったから。『絶頂』とか『いく』とか、『あの人のことを考えるだけで濡れてきちゃって』とかよく分からないような使い方してたし」
「ご、御主人。その話は、そこまででお願いします」
「うん?まぁ、とにかく一緒に冒険するようになって十年くらいして私がお母さんの身体に宿ったってことらしいよ。お父さんは【ヒューマン】だったらしくて、異種族間だと子供が出来にくいらしいから苦労したって言ってたかな?」
「それで私が産まれたわけなんだけど、幼い私をつれ回して冒険するのは危険だ、ってなってお母さんはエルフの里に帰ってきたらしいの」
「とにかくそれでお父さんと会ったことが無いんだけど。そのお父さんがAランク冒険者だった、っていう話を聞いたことがあって、多分それで『あぁ、あれがお父さんと同じAランク冒険者なんだ。すごいなぁ』ってなったんだと思うよ?」
「にゃぁ……」
なんだぁ……一目惚れじゃなかったんかい……
まぁ、でも、そりゃそうだ、って話か。
ただでさえLGBTって呼ばれて少数者扱いされてるんだもんね。そりゃ都合よく上手くいく訳もないか。
それにメアリーちゃんは可愛くて良い子なんだから男共から引く手あまただろうし。わざわざ女性を好きになることはあんまりないだろうし。
メアリーちゃん、こう見えてもエルフで百何十年も生きてるわけだし、一度くらい男性経験だってあるだろうし…………
あかん。思考がめっちゃネガティブになってきた。
メアリーちゃんはR18言語すら知らない女の子やぞ!絶対男性経験なんてない!!絶対に!!
そう思い込むことにする!!!
……なんか、あれだね?アイドルに夢見るオタクと同じだわ。まさかこっちの世界でも同じ思いするはめになるとは。
前世で一番好きだったアイドル、既婚の俳優と不倫してたんだよな……
……駄目だ。思い出すの禁止。
「あっ!あれ!あれじゃない!?冒険者組合の建物!!でっかい!!」
「にゃあ」
「間違いないですな。看板に『冒険者組合』と書かれております」
うん。メアリーちゃんのはしゃぎ具合にほっこりする。
やっぱりちょっと田舎属性ついてると、こういうちょっとしたことでキャーキャーなっていいわ。可愛い。
……あ、あっ!?ちょっと、メアリーちゃん?首絞まってきてるんですが?
く、くるしい……
けど後頭部の感触がめっちゃしあわせ……
□□□
冒険者組合にて。
「おいおい、嬢ちゃん。ここは荒くれ者どもが集う冒険者組合だぜ?来る場所間違えたんじゃぁねぇか?」
テンプレに遭遇していた。
「しかも、従魔が猫と鳥たぁ、随分フヌケてんだなぁ?」
「むっ……」
メアリーちゃんの前にふさがるのはガチムチのオッサン。
きちんと手入れのされていない無精髭にボサボサのザンバラ髪。
生理的に無理だ。
しかも薄汚い性欲に目をたぎらせ、にやついた顔を隠そうともしない。
生理的にも、というか何においても無理だわ。
「……この子たちを馬鹿にするのは許しません」
「ぷっ、ふははははっ!!!『この子たちをばかにするのはゆるちまちぇ~~ん!』ってか!?馬鹿にしてんのはてめぇの方だろうがよぉ!!?」
……流石に私も元人間として人間を殺すのは躊躇する。
それに建物のなかにいた冒険者の人達が遠巻きに野次馬をしている。今後のメアリーちゃんの印象のためにもあんまり過激なことはしづらい。
「オレぁ、この街唯一のBランク冒険者、ドドゴ・ドドンゴ様だぞ!!?てめぇみてぇな女に許す許さないだのと言われる筋合いは無ぇんだよ!!」
「……謝ってください」
「あぁ!?」
クソ男がメアリーちゃんの胸ぐらを掴んだ。そしてその衣服の隙間から覗く彼女の身体を見て……
ああぁ、もうダメだな、これは。
「ふへっ、なんだぁ?エルフの癖にエロい身体つきしてんじゃねぇか。ははっ!丁度最近、依頼ばっかで欲求不満だったんだ。てめぇが今晩その身体使って俺様にご奉仕するってんなら、さっきの許してや……?」
「……にゃん」
死ねや、ゴミクズ。
ゴミがメアリーちゃんの身体に触ってんじゃねぇ。
「あ?………あっ、あぁッあぁぁあぁッッっ!!ギャぁぁあァッ!???おっッ、オッ、おレのゆっ、指!!!????!?」
楽に殺すと思うなよ。
ただでさえメアリーちゃんにハグされて幸せだったってのに。
それをぶち壊しやがって。
周りに被害を出さず的確に使えるのは風属性魔法。
まずは指を一本ずつ風で刈り取り、その汚い手をメアリーちゃんから離させる。当然返り血がメアリーちゃんに飛ばないように風で調整する。
指を全部切り取ったら、次は手だ。
骨も含めて綺麗な立方体にサイコロカットする。
「あっあだぁぁああッっぁあいぅぁっ!!!?」
うっせぇな。
ビービー、豚かよ、てめぇは。
次は腕を千切りに…………ってなんだよ。
もう倒れちゃった。
クソ男は精神もクソか……
「まったく、もう。……『腐術 : 止血』」
メアリーちゃんの陰属性の魔術によってクソ野郎の腕の傷口がふさがっていく。
……まずい。
怒られる……?
「パール。……助けてくれたのは分かるけど、あんまり弱い者いじめしちゃ駄目でしょ?もっと優しく倒しなさい!」
「にゃっ……?」
ん?
なんか、思ってた叱られ方と違う。
もっと、こう、『信じられない!』とか『…………(絶句)』とかだと思ってたんだけど。
なんというか、思ってたより倫理観があれなのかな。いや、一応、その片鱗は見えてたんだけどね、メアリーちゃんが普通に蜘蛛の肉食ってるの見たときから。
実際、私も大分おかしくなってるし。猫、【ケット・シー】限定の道徳倫理だと思ったらそうでもないのか?
周りの人達もなんか『ひゅーっ!ヤるじゃねぇか』とか『私、あいつ嫌いだったのよね』とか『あいつこの街唯一とか言ってたけど、あれ何?嘘じゃね?』とか平然と言ってるし。
今、床にサイコロカットされたお肉が血とともに転がってる状態なんだが?
「はーい。皆さん、見物は終わりでーす。仕事に戻ってくださーい!」
きれいなお嬢さんが出てきた。
職員の人かな。
なんか良い感じの制服を着ている。
「『汚物分解』」
あっ、綺麗になった。
職員のお嬢さんの魔法?魔術?で床に滴っていた血液も肉片も跡形もなく消え去った。
「はーい。それでは、貴女は一緒に来てもらえますかー?事後手続きを少々したいのでー」
「えっ、はい!?」
事後手続き……?
…………このクソ野郎は連れていかないのかな。
「失礼、お嬢様。こちらの方は『事後手続き』に連れていかないのですかな?」
おぉ、ナイス、ノーブル。
「ええー。大丈夫でーす。ドドンゴさんからは聞くほどの話もありませんですしー。街の警護団体に引き渡しになるでしょうねー」
「……左様ですか」
「ええー」
……うーん。なんか、これは。
ノーブルに確認しとくか?
「……にゃ?」
「……えぇ、準備だけは万全に」
あぁ、やっぱりか?
クソ男に聞くことはない、って言ってたけど、それを言うならメアリーちゃんにだって大したことは聞けないはずだ。
だって、このクソ野郎は大声で怒鳴り散らかしていたから、ここらにいた人なら全部事情は把握出来てるだろう。わざわざ事情を聞くまでもない。
それなのにメアリーちゃんを個別に呼び出すってことは別の理由がある、ってこと。
まぁ、間違いなく、あんな魔法使った件だろう。
Aランク冒険者でさえ、あんなに慕われる強さを持ってるみたいだから、Bランクでもそれなりに強い方なのだろう。
それを瞬殺したとなると事情も聞きたくなるものだろう。
そしてその事情聴取がメアリーちゃんに危害を加えるようなものだったら…………というわけだ。
それこそ私たちの従魔契約を奪ったりとかするかもしれない。技術的に出来るかは知らないけど。
そうなったらノーブルの言う通り、準備、というより覚悟が必要になるわけだ。メアリーちゃんは冒険者になりたがってた訳だから。大暴れしたらメアリーちゃんは一生、とはいかずとも数十年は冒険者になれないだろう。
そういう心配を私たちはしたわけだ。
…………とはいっても、ここまでのは感情的な思考だ。
冷静に考えれば、ここまでの力を持ってる人間に危害を加えるのは明らかに頭がおかしいし、そういった負の感情をこの職員のお嬢さんからは感じられない。
私も、ノーブルも、突然ご主人が絡まれてピリピリしているんだろうね。必要以上の警戒もやむを得ないところがある、と思う。
……まっ、やたら強いやつがいない限り大丈夫でしょ。さっきのAランクのノエルさんでも私なら普通に倒せそうだったし。
「さぁ、では、こちらですー」
「はい!」
メアリーちゃんは全く心配してないんだよなぁー。
それはそれで良いんだけどね。
そんな能天気なメアリーちゃんは私が守らなくては!!
□□□
「……事情は聞きました。Bランクのドドンゴを一蹴したそうで。……とりあえずお座りください」
「はい」
「にゃ……っ」
両ひじを机につき手を組み口を隠す、あの有名な司令のポーズをしている初老の男性。
窓から入る夕日の日差しに眼鏡が怪しく輝いている。
あまりにもゲンドウなシチュエーション。
しかし、それ以上に……まずいなぁ。
こいつ、私より強くねー?
「それでは、話を始めましょうか」
司令の隠した口元がにやりと笑ったような気がした。
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