第四章

第57話 新装備配布

「ほい、そこの魔獣人ども。一列に並びや~」

 その日、営業を終えた店内で、パティは荷物から細長い布状のものを取り出した。

 レオポルド、コリン、セスの三人は、素直にパティの周囲に集まる。

「クルァ! そこの反抗期もや」

「ぁあ? うっせぇな」

「ディーン?」

 私が名を呼ぶと、ディーンは気まずそうに鼻にしわを寄せる。

「……チッ、わぁったよ」

「アンタも、アリス通さな言うこときかんのかい!」


 パティは取り出した布を、一人一人に手渡していく。

「これ、何? ハチマキ?」

 レオポルドのものを横から見せてもらう。

 ひっくり返すと、額に当たる部分に金属が打ち付けられていた。

「鉢金だ!」

「あん? ハチガネて?」

「忍者とかが額につけてるやつ!」

「……ニンジャ? またワケ分からん事言うてんな」

 そうかこの世界、忍者もいないのか。


「ちょっと前にディーンの石が割れかけて、ヤバなったやん?」

 パティの言葉にディーンはむっつりと膨れ、セスはそっと視線を逸らす。

「それをガードする防具や。武器屋に頼んで特別にあつらえてもろたんや」

 てことは、この世界ではコレ、パティ考案のオリジナル防具になるようだ。

「アンタら、これからは戦闘時に絶対それを額に着けて、デコの石を守るんやで」

 こういうところに気付いて対応してくれるパティは、本当に心強い。

「パティ、ありがとう」


「ちゅーかなぁ……」

 パティが天井を仰ぎため息をつく。そしてテーブルを叩いた。

「なんでアンタら全員、急所丸出しやねん!」

 額の魔石ケントルのこと、急所って言うのやめようか。

「なんで割られたら一巻の終わりの弱点が、そんなモロ見えの場所にあんねん!」

 モロ見え言うのもやめようか。

「大事なところは、ちゃんとナイナイしとけやぁ!」

 やめて!

 魔石ケントルがいかがわしいものに見えてくるから、本当にやめて!


「でさ、パティ。……全部でおいくら?」

 これに使われた生地や金属がどれほどの価格のものなのか、私には見当もつかない。

 相手はパティだ。ただの好意でこしらえてくれたとは思えない。

 恐る恐る問うた私に、パティはニッと歯を見せた。

無料タダや」

「えっ? パティ、正気!?」

「正気や。ウチのこと、何や思てんねん」

業突ごうつ……、お金にきっちりした人」

「……殆ど言うるけど、まぁえぇわ。その、ハチガネ? 使い勝手良さそうやったら、商品にして売ったろ思てんねん。せやから」

 パティはケモ達をぐるりと見回す。

「アンタら、モニター頼んだで! 全員、使い勝手とか報告しぃや!」

 あ、なるほど。とってもパティ案件だった。


 レオポルドが魔石ケントルを覆うように鉢金の金具を当て、頭の後ろでキュッと結ぶ。

 そして顔を上げると私を見た。

「アリス、これはこんな感じでいいのか?」

「きゃーっ!!」

 私は口を押さえ、思わず歓喜の悲鳴を上げる。

 服はエプロン姿のままではあったが、黒豹モチーフのレオポルドには鉢金が恐ろしいほど似合っていた。

「カッコいい!!」

 その言葉を皮切りに、他の三人もさっさと鉢金を装着し始める。

「アリス、ねぇねぇ、見て! ボクも似合ってるなの?」

「まぁ、邪魔にはならなさそうだから、着けてやってもいいぜ」

「これは、布地のおかげでずれにくくなっているようですね」

(おぉおお~っ!)

 鉢金を額に巻いた彼らは皆、引き締まった雰囲気でとても素敵だった。

「あぁ」

 私はその場にへなへなと崩れ落ち、思わず手を合わせ彼らを拝む。

「新衣装無料配布ありがてぇ、命助かる……」

「アリス、怖いて」

「パティ大明神、お布施させていただかなくて、本当によろしいのでしょうか」

「何言うとるか分からんけど、とりあえず金なら要らんからな。なんや怖いし」



 その夜、部屋に一人戻り、眠る準備をしていた時だった。

 窓を叩く微かな音が耳に届いた。

(風? コウモリでもぶつかった?)

 そんなことを思いつつカーテンを開いた私の目に、闇に溶けるように立つレオポルドの姿が映った。

「レッ……」

 つい声を上げそうになった私に、レオポルドは人差し指を口元に当てて見せる。

(どうやってそこに立ってるの!? 足場、あったっけ?)

 魔獣人の身体能力は計り知れない。

 私が窓を開けると、レオポルドは黙って私へ手を差し出した。

(え?)

 まるでピーターパンのワンシーンだ。

(ど、どうしよう……)


 彼に抱き上げられ、無茶な速度で振り回されたことを思い出す。

 けれど差し出すその手へ、私の手は吸い込まれるように重なった。

 ふにっ、とした肉球の感触が伝わってくる。

(あ……)

 パティが階段を上がり切り、こちらへ向かってくる足音が聞こえた。

 刹那、レオポルドがやや強引に私の手を引く。

(きゃっ!?)

 私の体は、ふわりとレオポルドの腕の中へ納まった。

 まるで体重がないかのように。

 そして次の瞬間、例のごとく私の体は恐ろしい速さで上昇する。

(ふんぐっ!?)

 ぐるぐる回る視界に、自分がどんな状況下にあるか理解できない。

 ただ、ターンターンというリズムで、どこかに移動していることだけが伝わって来た。


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