第28話 モフモフサンド

 二日ぶりのベッドに、私はごろりと横になる。

「背中がやわらかぁい……」

 ここに来た初日には固いと感じたベッドが、板の間で二日間寝た後だとふわふわに思える。

 愛しいケモ達に挟まれて寝るのは温かくて心地よかったけれど、さすがに背中の下が直接板なのは、快適とは言い難かった。

「今日は、ここに泊まるなの?」

 コリンが私のベッドに腰を下ろし、左から顔を覗き込んでくる。

「うん、そうだよ。下で美味しいご飯食べられるし、嬉しいでしょ?」

「うーん」

 コリンは不服そうに口をとがらせる。

「ボクはアリスのご飯が食べたいなの」

「え? でも、ここのマスターが作るご飯の方が、プロの味!って感じだよ」

「ボクにはアリスのご飯の方が美味しいなの」

 私が調理をしたのなんて、昨夜のなんちゃってだし茶漬けだけだ。

 たった一度で勝敗を決めてしまうのはどうかと思うが、彼らは私が作った料理の方が力になると言っていた。味わいについてはあまり関係ないのかもしれない。

「コリン、アリスを困らせるな」

 ぎしりと音を立て、レオポルドがコリンとは反対の右側に腰を下ろす。

「自分たちと違い、アリスには柔らかな寝床が必要なんだ」

「その寝床だって不満なの!」

 言いながらコリンはころりと私の隣へ横向きに寝転がってきた。

「コリン、危ないよ! 寝返り打ったら落っこちちゃう!」

「ほら、狭いこのベッドじゃ一緒に寝られないなの! ボクはアリスとくっついてぬくぬく寝られる、あの宿が良かったなの!」

 コリンは私の手を取り、それを大事そうに両手で包むと、ぐいぐい身を寄せてくる。

(わはぁ、コリンの白いモフ毛が柔らかくて気持ちいい)

 上目づかいで見てくるいじらしい姿に、つい笑みがこぼれる。その途端、右側からずっしりとした圧力がかかった、

(うぉ!?)

 コリンと同じように横向きになり、レオポルドもベッドに乗り込んできた。寝そべっていると言うより、ギリギリで引っかかっている状態だ。体が大きいので、ほんのわずかでもバランスを崩せば、床に落ちる。

「レオポルド!? 危ないよ! このベッドに3人は無理だって!」

「……」

 私に向けるレオポルドの目は、少し拗ねているようだ。

(あっ! この目、覚えがある!)

 猫型魔獣クタントを魔獣人化させようと抱きしめた日、レオポルドが私に見せたものと同じだ。

(てことは、またヤキモチ妬いているの? コリンが私にくっついているから? それはちょっと可愛いし、嬉しいんだけど!)

 レオポルドの漆黒の腕が、ぬぅ、と伸びる。

 それは私の上を通過し、コリンに到達すると、その背に回った。

「え? 何? なんなの?」

 戸惑いの声を上げるコリンを、レオポルドはグイと引き寄せる。私ごと。

「んぎゃ!?」

 まるでプレス機にでもかけられたように、私は左右からきつくサンドされてしまった。

「これでいい」

(いっ……、いい、のか!?)

 モフモフサンドだ。

 正直言って、天国だ。肺が押しつぶされて息が苦しい以外は。

 右側を見れば、目を細めて私を見下ろしているレオポルドがいる。

 左側を見れば、甘えるようにニコニコしているコリンだ。

「コリン、この宿でもこうして一緒に寝られる。これで文句はないな」

「うん、ないなの!」

「いやいやいやいや!」

 モフモフサンドの幸せを噛みしめながらも、私は首を横に振る。

「さっきからベッドがギシギシいってるから! 悲鳴上げてるから! 壊れないうちに二人とも降りなさーい!」



 部屋で一息ついた後もまだ陽は高かったため、私たちは近場の討伐依頼を一つだけ請負うことにした。

「あっ、いた、鼠型魔獣ユズオム!」

 草むらの中に見える茶色の獣毛を私は指差す。その私の視界を遮るように、コリンが回り込んできた。

「アリス。あのね、ボクのお話聞いてほしいなの」

 周囲に人影がないためネックゲイターを下ろし、彼のキュートな顔はあらわになっている。

 コリンは両手を後ろで組み、小首をかしげて上目遣いでこちらを見ていた。

(ぐっ、可愛い……!)

 これは自分の可愛さを理解せし者の仕草だ。

 あざとい! だが可愛い! 許す!

「どうしたの、コリン?」

「ベッドのことなの。3人は無理でも、2人なら寝られる気がするのなの」

 立てた二本の指を、コリンは自分の口元でチョキチョキと動かす。

「それでね、ここでたくさん鼠型魔獣ユズオムをやっつけた方が、アリスと一緒にお休みできると素敵だと思うなの!」


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