第2話 兄のエーリクも猫が好き
猫を取り戻すために、王子の復讐に協力することにした、といっても、私は現世にてか弱い、いち令嬢である。
一人で男爵令嬢の討伐に乗り出すわけにもいかないので、協力者を探さなければならない。
「ベルナール、そういうわけなのだけど、どう思いますか」
やはり前世の知識があり、荒唐無稽な話でも信じてくれそうな信頼できる執事が一番だと話してみることにした。王子が猫になったことは伏せ、知り合いから話があったことにして話した。
「ヒロイン(男爵令嬢)が王子を殺害…? そんなルートなかったですよ。シナリオから外れたんですね。興味深いです。とりあえず、ヒロインのことなら、前々から独自に調べていて詳しいので、後でまとめたものをお持ちしますね」
「前々から? 独自に?」
「だってこのゲームの主役ですよ、気になるじゃないですか。男爵家の召使に友達も作っておいたので、現状把握も万全です。とりあえずそいつとも連絡とってみます」
ベルナール、有能な男だ。
戦いは敵を知ることから、まず男爵令嬢の情報はこれで問題ない。次は、どうしようかと思案していると、
「なんだ、今の話。ゲームとかシナリオとかヒロインとか。あの男はふざけているのか?」
そういえば王子は前世だとかそのあたりを知らないのだ。
私は説明しようとして、ちょっと待てよ、と思いとどまった。王子とのやりとりを想像したのだ。
『私たちは同じ世界からの転生者で、あなたはその世界のゲームの攻略対象でした。物語にでてくる架空の人物だったのです』
『何を言ってるんだ。妄想にしてもひどいな』
王子は空想や妄想に理解がない。今後一緒に男爵令嬢に復讐する仲間に、余計なことは言わない方がいいだろう。
となると、王子に怪しまれないためには、ベルナールに前世の話は猫の前でするなと話すしかないのだが、さすがのベルナールにも王子が猫になったんだとは伝えられない。ベルナールに猫になった王子の声は聞こえないので、下手をすると私の痴呆が疑われる。
『じつは王子がルミエラに乗り移ったのだけど…』
『脳の老化って前世から蓄積されんですね。こわ。人ごとじゃないので、私も覚えておきます』
その声が聞こえてくるようだった。
ちなみに私は前世から数えて痴呆になったことは一度もない。一度もだ。
変な疑いをかけられても困るので、私は自分の尊厳のために王子が猫にのりうつったことを誰かにいうわけにはいかない。特に、前世を知っているベルナールには言いたくなかった。
王子にも本当のことは言えない。ベルナールにも言えない。ここはベルナールに犠牲になってもらうことにした。
「ベルナールは有能なのですが、少し変わっているのです」
「なるほど。有能なのか、変人でなければ臣下に迎えるのもやぶさかではなかったが、残念だな」
ベルナールのために弁護すると、前世の話さえしなければ単に有能な執事である。
「ところで、王子、これから兄のところに行きますが、付いてきますか?」
「兄? いたか?」
仮にも婚約者だったはずだが、私の親族には疎いようだ。
一方の私は王妃教育とやらで、国王の6親等(他国は4親等)までたたき込まれているので、王子のはとこまたいとこあたりまで網羅している。
不平等を感じるが、おそらく脳みそも高貴な作りで、私の親族のことなど覚える価値はないということなのだろう。
父は一応宰相で、兄は宰相補佐、2代遡れば王族なのだが、それはいったん置いておく。
「今日は休みで家におります、王城のことに詳しいので兄からも事情を聞きます」
「私も行こう」
王子は大きく伸びをして、私の後に着いてきた。
兄の部屋は私の部屋の隣だ。
兄のエーリク・ラマルク。22歳。エリザベスの6歳上で、今は父の補佐で宮殿勤めをしている。見た目はエリザベスと同じ金の髪に青い目で、エリザベスとよく似た面立ちをしている。
「エリザベスか、何かあったか、あ、と、る、ルミエラちゃん!?」
そして兄は重度のルミエラ(猫)中毒者である。
「やーん今日もかわいいでちゅねえ、よーしよーしこわくないでちゅよ」
「フシャーーー」
エーリクは、元々ルミエラに嫌われているので、王子の威嚇をものともせず、慣れた様子で無理矢理抱き上げ、頬ずりずりしている。猫はじたじた逃れようとしているが、がっちりホールドで逃れられない。
「やめろおおおお、エリザベス助けてくれええ」
私にだけ王子の声が聞こえているが、この状態のエーリクに何かしようとしても無駄なので、その声は無視する。今までも無事だったのだから、愛は度が過ぎているが、縊り殺したりはしないはずだ。たぶん。
「お兄様、アーサー殿下の件で参りました。私にもできることがないかと思ったのです」
「正直捜査は行き詰まっている。お前も一連の件からすれば当事者だから、少なくとも状況を知る権利がある」
兄は真面目な顔で話し始めた。猫に頬ずりしながら。
「王子はあの日、国王陛下に婚約破棄の次第について報告に行った。その後、城に来ていた男爵令嬢と面談、別れた後、自室に戻る途中で何者かに殺害された。一緒にいた護衛も亡くなっているため、経緯が全くわからない。分かるのは襲ったものが相当の手練れだということだけだ。素人ではつけられないような傷跡だったそうだ」
王子によればその襲ったものは、男爵令嬢だという。
つくづくその男爵令嬢は何者であろうか。
「最後に会ったのは男爵令嬢ということで、聴取は最初に行われた。通常、最後に会った者が一番あやしまれるからね。しかし虚弱な令嬢だそうで、最初の話を聞いてすぐ気絶したそうだ。婚約破棄が成立した以上、彼女に殺害の動機はないとして、いったん解放されている」
そこまで聞いて、不思議に思った。殺害の動機ならあるはずだ。
「お兄様、国王陛下と王子殿下がどういった話をされたか、ご存じないのですか」
王子はその時に男爵令嬢と結婚するなら身分を剥奪するという話があったと言っていた。その内容を知っていれば、彼女に殺害の動機はあると判断するだろう。王子と結婚し、未来の王妃になる見込みが外れたのだ。権力が目的で王子に近づいたのだとすれば、十分に殺人の動機になる。
「ああ、その話の内容については、国王陛下以外だれも知らないのだ」
「だれか陛下に確認しなかったのですか」
「それがだな内密の話だが、国王陛下は今、床に臥せておられる」
「どういうことですか?」
私が知る国王陛下は健康そのもので、精力的だった。寝込む様子は想像できない。
「たった一人の後継者が、殺害されたのだ。ショックが大きかったのだろう。ほとんど一日中寝たまま過ごされている。これ以上ショックを与えないように気を使っているのが現状だ。事件のことも回復されるまでは聞くことができない」
「そんな…」
「気をしっかり持たなくてはな。王子のことは残念だが、あのようなことになったのは、けして国王陛下のせいでも、エリザベスのせいでもないのだから」
兄の言葉には妹を心配する気遣いが感じられた。
「そこまで踏み込んで確認せず、令嬢を開放したのには、細腕の令嬢に護衛の殺害は難しいという判断もあった。実家が裕福でなく、王城に忍び込めるような手練れの暗殺者を雇うことも難しいそうだ」
兄は真面目な顔をして、猫から顔を離した。チャンス! と猫が飛びだそうとしたが、胴をがっしり掴んでいるため、逃げることはできなかった。
「ちなみに今一番の容疑者はエリザベス、そしてうちの家族だ。婚約破棄を恨んでの犯行という筋が一般的だな。父上は事情聴取のため呼び出され、私たちは要観察中なので、外に出るときは尾行がつくだろう」
「そんな、誓って私はそのようなことはいたしません」
予想外の話に驚いてとっさに反論した。私がせっかく婚約破棄になった王子を殺害して何の得があるというのか。
「私もだ。こちらから婚約破棄してやるべき不出来な王子と婚約破棄されたところで、お前に傷は付かないし、我が家に影響もない。むしろ次期国王はうちの誰かにされるんじゃないかと心配しているくらいなのに、外からは王位を狙って王子殺害とかふざけた話が出ている」
兄は怒っていて、額に青筋が浮いていた。私たち兄妹は常々公爵家の立場に満足していて、王位など余計なものは欲しがっていない。
「フギャー」
「ル、ルミエラちゃん、ごめんね、だっこする力が強すぎまちたねー」
話に熱が入り、兄の腕に力が入りすぎたため、猫が耐えきれず声を上げた。少し緩めると、これ幸いと猫は床に降り、私の後ろにさっと隠れた。
「とはいえあまり気にするな。父上がうまくやってくださるだろう。事実無根なのだからな」
「そうですね。あの、陛下とアーサー殿下のお話のこと、王様の状況からは難しいとはくれぐれも確認をお願いします。それがこの事件の鍵になっているような気がしてならないのです」
「わかったよ。内容が分かったらお前に知らせよう」
そのまま、私は自室に帰った。猫は私より先にドアから出て、部屋のソファに座っていた。
「あの男は嫌いだ」
「悪気はないのですが、愛が行き過ぎる性格のようで、ルミエラも苦手にしていました」
「だろうな、もう二度と会いたくない」
よほどエーリクに対する嫌悪感が強かったのかぶるると頭から毛を逆立てている。
「先ほどの話、あまり気にされませんように」
私は王子が国王が床に臥せていると聞いて、ショックをうけたのではないかと思って聞いたが、王子は何のことかわからない様子で首を傾げた。
「気にしないように、とは?」
「いえ、なんでもないのです」
思い返してみれば、国王陛下の話の時、王子は兄に抱きつぶされていて、それどころではなかったかもしれない。今はまだ知らないほうがいいだろう、それ以上その話題には触れないことにした。
「ところで、殿下、男爵令嬢は殿下を襲われたとき、一人だったのですか?」
先ほどの兄の話では2人が殺害されたと言っていた。一人で大勢を相手に立ち回れるほどの手練れだったのだろうか。
「一人だったと思うぞ。私は一番先に殺されたからその後のことは分からないが、話が終わるやいなや、私の胸にブスーとナイフを突き刺して、それっきりだ」
「それまでの話で、武術に秀でている様子はありませんでしたか」
「なかった。むしろ運動は苦手なようだった。か弱い風情で、守ってやりたいという気持ちをかき立てる少女だ」
生まれ変わってから、私もよくはかない美貌とか、そういう形容をされることがある。しかし何せ前世で90年培った精神力が見た目にも現れるのか、落ち着いているとか、頼もしいという印象を与えるらしく、あまり守ってやりたいというようなことは言われない。
「そう言うところが好ましかったのですね」
何の感情もなくそういったところ、猫は気に病んだ様子で
「すまない、そなたの前でこのような話…」
猫に気を遣われたが、私自身は今更守ってやりたいとか若造に言われたところで、むしろ恥ずかしい。
そして男爵令嬢には何の感情もない。自惚れるんじゃないよと言いたいところだが、王子のプライドも配慮して、黙っていることにした。
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