第15話 お友達というもの

 なんだか人が多くて、誰が何だかわからない。

 私はこういってはなんだけど、名前を覚えるのが得意ではない。

 これは前世からそうで、どうしたもんか。


「ゲレン君、ゲレン君」

「なんだよ、ケール」

「一緒のクラスだったね」

「ああ」


 今日の最初の挨拶や簡単な説明が終わり、先生がいなくなって放課後になった。

 もう少しで入学式にいた「ママ」たちが、どこからか説明を終えて戻ってくるので、一緒に帰るまで待機らしい。


 ケールちゃんはもうひとつの男爵家の女の子だった。

 そしてゲレン君がさっきのぼっちゃまだ。

 ケールちゃんがゲレン君にカーテシーをして見せる。

 まんざらでもなさそうにゲレン君も鼻の下に手を擦って、へへんと返事をした。


「二人ってどういう」


 私がぼそっとつい質問をしてしまった。

 二人の関係はみんな気になっていたけど、静かに見守っていたのだ。

 やってしまった。


 でも特に何も言われず、ゲレン君は機嫌よさそうにするだけだ。


「あのね、ゲレン君は、私のお婿さんなの」

「まあ、そういうことだ」

「へぇー」


 私は関心があるんだか、ないんだか。適当に相槌を打った。

 ゲレン君は自慢なのかケールちゃんといちゃついている。

 けっ。よくもまあ幼年学校だってのに一丁前に。

 まあいいんだ。私は友達がいなかったので、ここで仲をこじらせるわけにはいかない。


 教室にはすでに「私たち」とそれ以外という雰囲気が出来ていた。

 曲がりなりにも、貴族枠と一般人は別ということらしい。

 私としてはみんな仲良く、分け隔てなくが理想だけど、この世界の常識には疎い部分もある。


「ぐぬぬ」


 認めよう。私はこの世界の常識に疎い。

 父親の書斎の本は何冊も読んだけど、幼年学校の雰囲気なんて書いてある本なんてあるわけなかった。

 大人向けのそれは子供たちの情報が手薄だ。

 どうでもいい大人の社交場とか勉強する前に、もっと見ておくべきものがあったのだ。


「今更しょうがないか」

「そうですよ。エルダ様。元気出してください」

「うん」


 なぜか私付きのメイドのメルシーが私をなだめてくる。

 あれ、男の子を取られたと思ってるのかな。

 誤解だメルシー。そうじゃない。


 なんでそんな悲しそうな目で私を見てくるの。違うって。

 しかし今ここで言う訳にも行かないし、夜だな、夜。


「ミシシッピ男爵のケールです。よろしくお願いします」

「まあなんだ、よろしく。俺はガルメドス子爵家のゲレンだ」


 二人が順番に手を差し出してくれる。


「私はバーグマン男爵家のエルダです。よろしくお願いしますね」


 別に今のところ敵対する理由がない。

 普通に挨拶に応じて握手をする。

 そういえば、この世界でも握手だな。

 ほっぺにキスはもう少し親しい人がするみたい。実はさっきまで、まだ見たことがなかった。

 過去に勝手に読んだ小説にはそういう大人向けなのもあって、ちょっと反応に困ってしまった。


 ということで、さっきいちゃついているというのは、二人がキスの挨拶をしていたからなのだ。

 小さい子がやるとかわいいだけではある。

 でも、貴族ってこういうモノなんだ。という見せつけはけっこうドキドキした。

 もし何か間違っていたら、アレを私がやると思うと寒気がする。

 できれば勘弁願いたい。


「お茶会で有名なバーグマン男爵家よね」

「え、そうなのですか?」

「そうみたいよ。私のママがそう言っていたわ」

「あぁ、ハーブオイルのことですか?」

「そうそうそれよ、それ」

「まあそうですね」

「今度、持ってきてもらうことってできますか?」


 ケールちゃんが曇りのない視線で私を見つめてくる。

 あ、これは本気だ。女の子の顔をしている。

 別に悪気はないのだろう。

 でも、あれを持ってきて騒ぎになったらちょっと困るかもしれない。


「あ、うん。お母様に確認してみますね」

「よろしくお願いします」


 ペコリとかわいらしく頭を下げてくる。

 別にやっぱり悪い子ではないのだろう。

 ただまだ小さいから、周囲にどれくらい影響するか、わかってないだけで。

 いい匂いなんて振りまいたら、噂になるに決まっている。


「うん、でも難しいかもしれません」

「そ、そうですか、しょんぼりです」


 本当に悲しそうにしょぼんとしてしまう。

 女の子にそんな顔されてしまうと、大丈夫って言いたくなるけれど、今屈したらダメなのは明白だ。


「ごめんね」

「ううん、私が無理を言ったから、だ、だ、大丈夫です」


 ちょっとしどろもどろにケールちゃんは答えた。

 なんだかこちらが悪いような気分になってくる。


 そんなことしていると、外から人の声がした。


「あっ、ママだ」


 誰かが言いみんなも振り返ると、親たちが到着したところだった。

 このまま解散になり、この日の学校は下校となった。

 結局、ハーブオイルの件もとりあえず有耶無耶うやむやになったらしい。

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