第3話 夏の湖リゾート

「それでは、出発です」

「キャッキャッ」

「カメルもご機嫌で」

「二人ともトイレは済ませてきた? 出発するわよ」

「「はーい」」


 家の前に停めてあった馬車が動き出す。

 六人乗りの大型馬車だ。


 すでにお父様、お兄様は準備を先に済ませて乗り込んで待っていた。


 両親、お兄様、私、妹、そしてメイドのリーチェの六人。

 それから御者が一人。


 みんなでガタガタ揺れながら目的地まで移動する。

 今日から領内にあるシシカカ湖へ遊びに行くのだ。

 三泊四日のリゾートの旅へ。


 護衛をつける家も多いものの、うちは護衛なしだ。

 お父様もそれからお兄様も多少は武術の心得がある。

 それからお母様。魔法使いらしく、実は結構強いらしい。


 お父様がお母様を娶るときに「私に勝ったら結婚してあげる」と言われ対戦したが何回もお父様は負けてしまったらしい。

 しかししつこく回数を重ね、ついにお母様の体力が先に尽きたことで、ようやく一勝をもぎ取り、求婚したそうだ。


 ということでお母様のほうが名実ともに強いのだ。

 だから頭が上がらない。

 強そうなお父様だけど、普段は文官をしているように腰は低い。

 仲がいいのはよろしいことで。いひひ。


「にゃはぁ」


 カメルは私が作ったガラガラで道中ずっと遊んでいる。

 音がするのが楽しいらしい。

 たまに暇そうにしているので、思いついたおもちゃだったけど、こうして役に立った。


 馬車は思ったよりも速く、道端の草木を眺めるのは難しかった。

 それでもときおり、花が群生していて目につくので、それを眺めていた。


 この辺りは杉林のようで、真っ直ぐな木が並んで生えている。

 少し日本の風景に似ているので、私は思わず前世の記憶を辿った。

 夏休み。女子のセーラー服。プール遊び。蝉の鳴き声。アイスクリーム。青々としたどこまでも続く田んぼ。


 田んぼはこちらでは見たことがない。

 代わりに麦畑が広がっている場所もある。

 ところどころイノシシに荒らされた痕が目についた。


 モンスターだ。


 ワイルドボアといえば凶暴な畑荒らしとして有名なモンスターだった。

 魔物には魔石がある。

 ニワトリなどもいるがこちらは家畜で魔石がない。

 人間にも魔石がない。家畜ではないけれど。


 ちなみにこのことを、人間は神様の家畜動物である。

 という宗教の見立てがある。

 サラマン教の教えだ。私たちの国や周辺の国はみんなサラマン教を信奉していた。


 ワイルドボアの巨大な魔石は見事なもので、一度見せてもらったことがあった。

 十センチ、ソフトボールくらい。

 紫色をしていて半透明だ。なんだか色が不自然に鮮やかで禍々しい気がした。

 ちなみにお値段は金貨で何枚もするらしい。


 魔道コンロなどの魔道具の燃料として広く使われる。

 錬金術師ならよく目にする機会もあるだろう。

 魔道具師と錬金術師は親戚関係にあるのだ。

 薬師と魔道具師の両方をやるのが錬金術だろうか。


 夕方、やっとシシカカ湖に到着した。


「すごい、綺麗」

「本当ね、エルダ」

「お母様、毎年来たいです」

「来年も休暇が取れるといいですね」

「お父様、来年も休暇をお願いします」

「あっはは、今から来年の休暇かい」

「そうです!」


 湖畔のコテージへと移動する。

 我が家にはお父様のマジックバッグがあるので、それに食材などが詰めてあった。

 道中のお昼ご飯も作り置きのサンドイッチだった。


「夜はバーベキューだぞ」

「やった、お父様」

「パッパッ、パッパッ」


 私エルダとカメルでお父様の周りで歓喜の舞を踊る。

 カメルなんか手足が短いからなんだか人形みたいでかわいい。

 お兄様のクラウドはそれを手を叩いて笑って見ていた。

 お母様とリーチェは苦笑いだ。お嬢様としてははしたないが仕方がない、かわいいし、といったところか。

 動画撮影ができるなら、是非保存しておきたいところだった。


 さて網の上のお肉がいい匂いだ。

 ジュワーと焼けてとても美味しそう。


「ワイバーン肉だ。滅多に手に入らないぞ」

「お父様、ワイバーン!!」

「わにばーん??」


 カメルははじめて聞いた単語なのか舌足らずに聞き返した。

 反対に私はビックリしたのだ。あの物語に出てくる下級ではあるがドラゴンの一種だ。


「ドラゴンですよね?」

「亜竜だね、あんまりドラゴンとは言わないかな」

「そうなのですか? お兄様」

「うん。俺も本物を見たのは一度きりだよ」

「見たのですか?」

「そうだよ。高いところ飛んでただけだけどね。あはは」

「すごい、すごいです。お兄様」

「そうなのかな、えへへ」


 そうかワイバーンか。怖さもある。

 でも興味のほうが強い。私は日本育ちだから、物語でも度々目にしてきた。

 魔石もそうだけど、憧れのファンタジー世界が、すぐ近くにあるんだ。


 湖の周りは水温が低いらしく、領都よりも涼しい。

 のんびり快適にコテージでお肉を食べて、お昼寝をしてとリゾートを満喫したのだった。

 シシカカ湖の周りには、白い綿毛みたいな珍しい花があちこちに咲いていて、それも見ごろだったので、とてもよかった。


 特に賊にもモンスターにも襲われず、無事帰宅して、日常に戻っていく。

 やっぱり来年もまたシシカカ湖に行きたいと思った。

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