第2話 ハーブオイル
さて、ハーブオイルを作るまではよかった。
特に他に植えるものもなく庭一面にホワイト・ハーブを植えてあったため、ハーブオイルはかなりの量が出来ていた。
「エルダ、よかったわね」
「はい、お母様」
みんなニコニコだ。
庭師はおらず、母親シエルとメイドのリーチェ、私で一生懸命に作業をした甲斐があった。
なお手伝ってくれなかったお父様はラバン・バーグマン男爵その人だ。
年齢の割にはまだまだ若々しく、若さの秘訣はなんだろうな。羨ましい限りだ。
自分も少女なので、年相応のかわいらしさだけど、妹のカメルには負ける。
カメルは目に入れても痛くないほどかわいい。
よちよちと不安定に歩くところはペンギンみたいだ。
「それでね、エルダ。お母さん、お茶会で褒められたのよ」
「そうなのですか?」
「このいい匂いは素晴らしいって」
「それでそれで」
「みんな分けてほしいって派閥の子たちに配ったの」
「なるほど」
辺境伯領地にも貴族はいる。
貴族ではないが、他に騎士団員などもいる。
騎士ナイトは爵位ではないのだ。
ちなみにお父様のラバンは文官のくせにナイトの称号も持っていた。
それで貴族の奥様たちはお茶会をする。
といっても王都で開かれる上級貴族のお茶会と違い、本当にお茶をするだけで、遊びのひとつだ。
招待状もほとんどなく、「次いついつにしましょ」みたいな気楽なものだ。
そこでハーブオイルを配ったそうだ。
それから二週間。
話はあっという間に辺境伯領の貴族たちに知れ渡った。
ハーブオイルが欲しいとさんざん言われていて、請願書が何枚も届いた。
しかしそんなにたくさんあるわけではない。
庭一個分なので限界がある。
「領主様も欲しいそうよ」
「領主様は特別だから、特別だよ」
「わかってますわ」
お母様がニッコリと微笑んだ。
そしておめかしして領主館に出かけていった。
それからしばらくは静かだった。
在庫も少なく贔屓もしにくいためみんな断っていた。
「エルダ、エルダ大変なのよ」
「お母様どうしたんですか?」
「リーチェも聞いてちょうだい」
「はい、奥様」
「なんです? お母様?」
「ママッ、ママッ」
みんなでお母様の顔を覗く。
「ハーブオイル、領主様が王都でお使いになったそうで」
だいたい先が読めるが、続きを聞く。
「女王様がいたく気に入られてね」
「はああっ」
「もっとないのかと問い合わせがあったのよ」
「そうですね、まぁないことはないですが」
私もため息をつく。
春にしか取れないので、年間消費を考慮して在庫管理をしていた。
少し減ってしまうが致し方ない。
「マリーダ妃の分だけですよ。しょうがないです」
こうして虎の子の在庫を少量だが女王陛下へと献上することになった。
荷物は速やかに領主館へと届けて、早馬まで使って王都へ旅立っていった。
さらに一月後には頭を抱える事態になっていた。
やれ、在庫をよこせ。
隠し持っている分を少しでも融通して欲しい。
貴族同士、仲良くしましょう。
壺と交換しませんか。
くるわくるわのお手紙攻撃だった。
女王陛下と同じ香水をなんとしても手に入れたい貴族たちが何枚も書いてよこした。
しかも貴族の手紙は本題に入るまで長いため、読むのも一苦労なのだ。
「お母さん、もう手紙は懲り懲りだわ」
「大変そうです」
「エルダ、とても誇らしいけど、複雑な心境よね、うふふ」
みんなで白い目で手紙の束を観察した。
このまま封も開けず、燃えるゴミにしたい。
「今度はレッド・フィッシュ・フラワーよね」
「はい、これも違った匂いで私は好きなんですけど」
「あらやだ、手紙がまた増えてしまいますわ」
「えへへ、そうですね」
二人してちょっと悪い顔をする。
流石に二の舞いを踊るつもりはない。
ダンスはビシッと一曲で決めたいものだ。
「みんなでまた花を摘まなくちゃね」
花を摘み、オイルにする。
季節はもう初夏の香りがした。
私たちはレッド・フィッシュ・フラワー、通称レッドハーブのオイルをバレル商会に一任したのだ。
「商会で手に入れたのって言ったから、問い合わせは全部そっち行くでしょ」
「流石、私たちです」
「ほんと、エルダの提案だったけど、さまさまねぇ。えらいえらい」
夏は手紙に翻弄されずに済みそうだ。
「レッドハーブもいい匂い」
「ハーブ! ハーブ!」
カメルも相手にしてもらえる時間が増えてご機嫌だ。
商会を盾にする案は上手く行った。
私たちはのんびり日陰で夏を謳歌しよう。
こちらの世界は日本ほど蒸し暑くないので、陰であればそこまで辛くはない。
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