※機密ログ※(記録者:KANON)

 アルバス・サタンの本能インスティンクト式オービットと、アーテル・セラフの理性リーズン式オービット。

 扱いが簡単な前者。扱いの難しい後者。

 実の所、製作に手が掛かったのは、扱いが簡単なアルバスの物の方だ。

 そして「“武器”としての価値がより高い」のも、アルバスのインスティンクト式の方だ。

 ここ迄の事例を見て来て解っただろうが、アルバスのそれもオート操作とは言え、ある程度はHARUTOハルトの意に沿って動いて居る。

 具体的には専用のAIで制御されており、対話による指示も可能だからだ。

 確かにアーテルのリーズン式の方が自由度や精度は圧倒的に高いが、それは偶々たまたま実力の突出したパイロットが現れなければ性能を出し切れない事も意味する。

 理論上の戦術価値は高いのかも知れないが、チーム単位・勢力単位の汎用性と言う戦略価値は低い。

 このゲームで大事なのは、一機の強さよりも勢力全体の総戦力の方だ。

 これも今迄、仲間達が散々説明して来たと思うが、SBスペアボディによる戦闘は只でさえ人間の心身キャパシティを酷使する。

 アーテルのオービットが四基しか無いのも、彼女の負荷限界から算出した結果である。

 日常生活の自由を犠牲にしたパイロット強化を施術しても、これがヒトの限界だ。

 お陰で一基のサイズが大型化し、結果的に高出力を実現出来た側面もあるが。

 アルバスの小型のそれですら、手持ちのビームライフル程度の威力はあるが、アーテルのそれは一つ一つが主砲キャノンにも匹敵する。

 四発の高出力レーザーに撃たれれば、SBは爆散する。

 無常にして無情、そして不変にして普遍的な現実の体現でもあった。

 纏めると。

 アーテルのリーズン式が自分の腕を増やす様な物であるなら、アルバスのインスティンクト式は小さな僚機を相当数呼ぶような物。

 実際、彼と彼女が、このオービット二種を如何どう使うのか、存分に見させて貰った。

 彼の、言う通りだった。

 私の設計した“子”達は、それぞれに納まるべき所へ納まってくれた。

 そして。

 先の戦いで気付いただろうか。

 戦闘中のHARUTOハルトMALIAマリアは、お互い殆ど一言も交わして居なかった事に。

 不要、なのだろう。

 オペレータとして俯瞰ふかんすると、まるで二機では無く一機に錯覚しそうなくらいだった。

 或いは、お互いがお互いにとってのリーズン式オービットでもあるかの様に。

 YUKIユキとは、これも手短で端的ではあれど、肉声でのコミュニケーションを必要としていたのが、尚更、この事実を強調しているように思えた。

 言葉の要らない関係性。

 それは多分、人間関係に於ける、一つの理想形なのでは無いか。

 

 理屈っぽいと、昔から言われて来た。

 私は、その時・その場所で言うべき事を最低限度言っただけの積もりだった。

 最後には、私が意見をしようとしただけで辟易とされ、ろくに傾聴されなくなって行く。

 高校に進学した頃から、私は、肉声であまり喋らなくなった。

 距離が遠い。冷たい、と陰口を叩かれるのが常となった。

 このオルタナティブ・コンバットに来た頃には“第一世代強化人間”のNPC……つまり、未成熟な強化手術で、脳の情動機能が破損したと言う設定のNPCになぞらえたレッテルを貼られる様になっていた。

 喋れば煙たがられ、黙ればお高く纏まっていると決め付けられる。

 資質、才能、だろうか。

 そう思うと、何もかも如何でも良くなっていた。

 思い返せば、幼少期からそうだった。

 他人が何を求めているのか、共感出来ない。

 ヒトを――大切にしてくれた両親さえも――体感的に好きになれなかった。

 嫌いにすら、なれなかった。

 私はきっと、ヒトを愛せない。

 なのに、その事に危機感を覚えている。

 と言う義務感ばかりが空回りしている。

 恐らくは生存本能なのだろう。

 ヒトは、社会を形成しなければ、たちまち淘汰されて死に追いやられる。

 だから、物を作った。

 この子達、使える物を只管ひたすら、一心不乱に設計した。

 ヒトと普通の関係性を築く“才能”の無い私は、他人が有用とする物を作り出す事でしか、自分に価値を付けられない。

 これも無くなれば、私は群れからはぐれて野垂れ死ぬ。

 

 このチームは、そんな私にとってはこれ迄に無く生き易い場所だった。

 これ迄の人生全体との相対時間から考えれば、もう二度と巡る幸運では無いと思うべきだろう。

 有り体に言おう。

 私は、HARUTOハルトを。

 そして、MALIAマリアを。

 どちらかをと考えている。

 愛すべき相手が男か女か、それすらも体感的に解らないままに。

 言葉の要らない関係性。

 私はそれを、酷く渇望していた。

 解って居る。

 そこには彼と彼女の気持ちなど微塵も考慮されて居ない、一方的で手前勝手な我欲でしか無い事を。

 私自身、醜悪過ぎて直視したくない“自分”。

 只、死にたくない。

 生きていたい。

 生きる理由も解らないのに、生きていたい。

 こんな私は死んでしまった方が、きっと最大公約数に有益なのだろう。

 理屈と情動が絡み合い、私は。

 私は、どうすれば。

 

 考えて居る暇は無い。

 両軍の補給と休息は終わり、決戦が始まる。

《どうだいビギナー。コロッセオ全一とやり合う前の心境は》

 からかうYUKIユキに対し、彼は、

《……相手は怪物では無い。人間だ。

 ならば、勝機はいくらでも作れる》

 それだけを言って、再び宇宙空間へと躍り出た。

 私は。

 私の事もただの“人間”だと、言ってくれるのだろうか。

 それを、まず思った。

 

 一つの心が決まった。

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