※機密ログ※(記録者:YUKI)

 現場の宙域までは、まだ距離がある。

 アタシはUMGPアンマークド・グッドプロダクトのコックピット内でくつろいでる。

 ワインとナッツで晩酌と洒落込んでいた。

 シートの裏に小型の冷蔵庫が備え付けてあり、物資は充分。

 艦内にも個室は十二分に用意されているが、宇宙戦の前は大抵こんなモンだ。

 言っとくが、アタシだけではない。

 SBスペアボディ乗りってのは、どいつもこいつも、ものぐさってトコ。

 仮想端末ウインドウを展開して、適当な映画でもさかなに……と思ってたら、通信が入ったよ。

 どれどれ。相手は……LEのヤツか。

 いや、呼びにくい名前なんだが、ベトナム出身のプレイヤーでね。

 基本的にVRMMOは、母国語のサーバでプレイするモンだが、別に海外プレイが禁止されてるワケでもない。

 食糧枯渇以前の時代にあった技能実習生制度を祖とする、VRMMO制度の一側面ってヤツなんだが、そんなリアルの大局的なコトはアタシらには関係無い。

 このLEってヤツは、アタシらがこれから“討ち入り”を喰らわす予定の高内重工所属パイロットで……コロッセオの現チャンピオンだ。

 ま、所詮は勝率と得点スコアがオルタナティブ・コンバットの全ユーザーで一番高いってだけだが。

 それに、何度も王座から落とされては戻りを繰り返してるので、常勝ってワケでもない。マンガの世界でもないしね。

 まあ、やっぱ日本人的にはそのまんまだと呼びにくいのか“キングレ”だとか、単に“キング”と呼ばれてるようだ。

 で、コイツはアタシのの仲間でもあった。

 不肖のバカ弟子だ。

 とにかく、通話に出てやろう。

「やあ、バカ弟子。何か用かい」

 ヤツが日本語を学びはじめの頃、この“バカ”って言葉の意味を調べて、額面通りに解釈して見事な凹み具合を見せてくれた時が懐かしい。

《アネさん、こんばんは。教えてほしいこと、あります》

 一方、アネさんってのは、別の仲間(日本人)が勝手に吹き込みやがった呼び名だった。

 にしても、用件が単刀直入だな。

《タイニー・ソフトウェアのサイファーにくるの、アネさんもいきますか?》

「おいおい。アタシをスパイにしたいのか」

 今ではバカ弟子も、この返答の行間を読むくらい容易いだろう。

 まあ、機体と技術こそ持ち越せないとは言え、身体はいつでもお手軽に別組織へ亡命出来るような世界だ。

 この手のやり取りは悪気の有る無し関わらず無数にあるだろうし、元の組織を利す為に亡命した“フリ”ってのも、無くはない。

 そして、一個人が出来る情報漏洩ってのもたかが知れてる。よほど自軍が嫌いで粘着しまくっても、嫌がらせ以上の効果もない。

 プレイヤーモラル、と言った程度の問題だ。

 とは言え、誉められた行為でもないのに違いはない。

《ワタシはサイファー防衛します。チームみんなです。HIハイもいます。ワタシの同期全員です》

 あーれま。HARUTOハルト達、並びに今回のサイファー攻略部隊各位、ご愁傷様。

 コロッセオ全一って時点でわかるだろうけど、コイツ自体が並のパイロットには手がつけられない撃墜王だ。

 代表して名前を挙げられたHIハイってのも、バカ弟子と同時に来日したベトナム人移住者で、コイツもかなりの上位ランカーである。

 同期全員ってコトは、開発者のVANバンも変わらず一緒のハズだ。

 ヤツは来日直後から筋が良かったし、アタシが指導した中でも発想がぶっ飛んでた。

 機体のスペック面でも、かなりグレードアップしているだろう。

 外国移住プレイヤーは、同郷同士の結束が強い。

 わざわざ母国語の通じないサーバにやって来てる者同士だから、当然だろう。

 そして恐ろしいコトに、上位ランカーを総なめしておいて、イキったヤツが一人もいない。

 恐ろしい勢いで腕前が上がって行くのに、純朴な性格は出会った時のまま変わらない。

 ある意味での偏見かも知れないが、少なくともアタシが知るモデルケースのコイツらに関してはそうだ。

 そしてLEのヤツが望むと望まないにかかわらず、その周囲に日本人の上位ランカーも集い、高内重工の中でもかなり大手の勢力を形成している。

 あとはまあ、

「アンタ、アバターは作り直した?」

 アタシは、不意打ち気味に切り出してやったが。

《いいえ。アバターを変えてません》

 てことは、コイツはアタシが最後に会った時と変わらず、寝たきり状態ってワケだ。

 そう。

 このバカは、MALIAマリアと同じ種類のバカだ。

 師弟だった頃、コイツはアタシの言いつけは全て素直に聞いた。

 たったひとつ、そこまでの強化をするのはよせ、と言う言いつけを除いては。

 どれだけ本気で恫喝しても、ダメだった。

 ビクビク萎縮しながら、それでも我を通しやがった。

 どうしてなんだろうね。

 こう言う、真っ直ぐで裏の無いヤツに限って、大事なトコにまるで耳を貸さないのは。

 そして今や、極限まで最適化された強化で上り詰めた、コロッセオの“キング”ってワケ。

《そんなことより、アネさんが作ったで放置したの“あの機体”、どうするんです》

 あっちはあっちで、都合の悪い話を逸らしやがった。

 まあ……“あの機体”のコトか。

「どうもしないよ。アタシが買った土地に格納してんだし、アンタらの邪魔にもならないでしょ」

 組織を移住しても、使っていた機体が消えるワケではない。

 こんなだだっ広い世界ゲームだ。たまに組織をバックレるヤツが現れて、そいつがSBひとつ置き去ったって、ゴミにもなりゃしない。

 運営AIが、雰囲気出しにテキトーな廃SBのオブジェクトを生成するコンマ秒以下の手間がひとつ省けるくらいだ。

 SBやパーツの所有権を持ったまま亡命して放置するケースもあれば、残留組の知人に譲渡するケースもある。

 まあ、“アレ”はとんでもない欠陥品だから、誰かに譲渡しても仕方がなかった。

 とは言え、笑えるデキだったので、記念に取ってあるんだよね。一種のモニュメントだよ。

《イヤでも目に入るですから、気になります。VANバンは今でもメンテナンスしてます。ちょくちょく》

 あれま。

 そりゃ、気の毒に。

「止めるよう伝えておいてくれる。そのムダな時間を、別の有意義なコトに使いなって」

VANバンは言うこと聞きません》

 チビチビやってたワインを、一気にあおった。

 全く、どいつもこいつも、だ。

「とにかく話を戻すよ。最初の質問をしに来ただけ?」

《そうなんです。アネさん、サイファーのとこに来るかなって》

「わかったよ。現地で会おう」

 通信の向こうで、ヤツがニッコニコの笑顔になった。

 相変わらず、叩き心地が良さそうだ。久々に張り倒したくなった。

《アネさんに見せたいです。ワタシのSB“アンドセーフティ”のボディ変えた。

 VANバンに作ってもらった“デュアル・モーメント・シールド(DMS)”の入った“楯無タテナシ”をアネさんにも見せたいのです!》

「コラコラ、一応、敵陣にいるヤツに自機や開発の情報をバラすんじゃない」

 とは言え……DMSって、もしかしなくてもか。

 タダでさえ鉄壁の高内ボディにソレを載っけたとなると……こりゃ少なくとも“ウチ”のチームじゃムリかもね。

 VANバンのヤツも、しばらく見ないうちに相当力をつけたね。まさしく鬼に金棒だ。

《アネさん》

 声音でわかる。また話題を変える気だな。

《高内に、そろそろ帰ってきます、でしょうか》

 “チームに”とはもう言わなくなったね。

 まあ。

 

 そう言うコトも、あるかもね。

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