来客室

 来客室にも腐敗した神官がいた。まだ襲っては来ない。

 豪華な机と椅子が置いてある。隣に給湯室があり、廊下に出なくても行き来できるようになっている。

「よく来てくれた、客人よ」

 腐敗した神官がいう。来客の相手をするこの腐敗した神官は、神官の中では偉い役職についていたりするのだろうか。来ている青い腐食した衣装は他の腐敗した神官と同じだから、その辺りの事情はわからないが。

「客人だと思うなら、襲って来ないで欲しいね」

 ベイケは何度も死闘をくり広げて来た腐敗した神官相手に普通に話かける。敵味方の概念がおかしいのだろうか。

「ここは我々の職場なのだから、この教会で生存する権利は我々の方が優先される。あなたたちはそれを犯しているのだ」

 腐敗した神官が答える。

「この来客室はギルベキスタが来てくれるのではないかと期待して作ったのだが、結局、訪れてはくれなかった」

 腐敗した神官がさらにいう。

「ここに教会滅亡前の魔術は伝わっているのか。ここの神官は雷撃と火炎魔術しか使わないけど」

 ベイケの質問に腐敗した神官はうろたえた。腐敗した神官は、しばらく黙ってしまい、よく考えているようだ。腐敗した神官は頭を抱え込んでしまい、うなだれている。かなり都合の悪い質問だったようだ。

「ギルベキスタが世界の物質と精神を掌握していたのに、我々は数百年間、雷撃や火炎を魔術で行うことくらいで喜んでしまい、そんなくだらないことばかり自慢して暮らしていたのだ。ギルベキスタの考えていたことは、そんなこととはかけ離れて遥かに高度なことだった。ギルベキスタは、生命を自由に作り、苦しみもなく消していた。ギルベキスタは世界の構造から、何種類の金属があるのかを数えていた。その加工技術を魔術で行うことに成功していた。ギルベキスタは病の原因を知っていたし、その治療法も知っていた」

 腐敗した神官はいう。ようやく聞くことができた教会滅亡前の証言だ。

 ベイケはそのギルベキスタの魔術をどのようにすれば行うことができるのかを知りたいのだ。

「ギルベキスタはいいやつだったのか」

「わからない。私に聞いてもわからないぞ。教会でも誇大妄想や被害妄想が広がっていて、本当のことを理解してはいなかった。たぶん、このままいけば幸せになれるのだろうという希望的観測があっただけだ。それを期待してみんなで祈っていた」

 そして、ある時、教会が滅びたのか。

「教会でギルベキスタの偉大さを教えていたというが、ギルベキスタの魔術の使い方を教えていたのではないのか」

 ベイケが聞くが、腐敗した神官はため息をついた。

「我々にできたことは我々が理解できたことだけを教えることだ。我々だって、理解できたすべてを教えるわけにはいかない。ギルベキスタの魔術の極意を知りたければ、それならそういう偉大な教会を探してたずねてもらうしかないね。我々は雷撃や火炎で遊んでいただけなのだから」

 ベイケは、いわれた意味をすぐに理解するのは難しかった。

「その偉大な教会も滅ぼされたんだろう」

「そうだ」

 やはり、ギルベキスタたち世界魔術師だけが教会からも大衆からも抜きん出ていたんだ。同じ人類でありながら、ここまで差ができるものなのだろか。

 この差はきっかけをいくつかを経ただけのわずかな差なのだろうが、実体験としてはものすごく大きな差として実感してしまうものなのだろう。


「客人よ、質問が終わったなら、そろそろ腕試しといくかね」

 腐敗した神官は立ち上がり、戦いの準備のために魔力をため始めた。

 なぜ、ここの教会遺跡の腐敗した神官は武闘派なのだろうか。

「いくぞ、若造よ」

 腐敗した神官が雷撃をバリバリバリと放ってくるので、ベイケが毒電撃でそれを打ち消し、そのまま毒電撃で押し切って腐敗した神官を攻撃した。

 物質と精神、それを魔術で把握できるようにならなければならないんだ。ベイケにそれができるだろうか。少しずつ目指してはいるが、たどり着けるだろうか。ギルベキスタは一代で独学で世界級の魔術師になったんだ。

 毒魔術で攻撃を先取って、ベイケが腐敗した神官を倒した。無傷での勝利だ。

 腐敗した神官の話を聞いて、ベイケが想像したのは、孤独な探求者としてのギルベキスタだった。しかし、教会史によれば、ギルベキスタはとても大衆に祝福された生き方をしていたとある。

 ギルベキスタの人生がどんなものだったのか、それはわからない。そして、ベイケが興味があるのは、世界を掌握した魔術の方だ。うまくやれば、ベイケだって世界級の魔術師になれるはずだ。

 世界の掌握を毒という課題で解釈しようとベイケはしている。対象物を損ねるものが毒である。それゆえに、他の魔術師たちにはあまり開拓されていないのではないかと想定している。毒という着眼点を持っていた世界魔術師はいないのではないか。それなら、そこにベイケが肩を並べてもおかしくない。

 ベイケはすでに雷撃を毒で解釈することに成功している。毒電撃がそれだ。火炎だって、毒で制圧することに成功している。さらに、ベイケには、毒栄養という魔術がある。これはまだ隠しているのだ。毒栄養とは、毒魔術で回復効果を持つ魔術である。ベイケも、その気になれば自分で自分の傷を治療することができるのだ。

 そして、魔術師ダイツアとの約束である毒魔術による時空浸食の研究。これは攻撃先取りと融合した魔術としてベイケは本格的に研究している。時空に対して毒として働く要素を取り出し、それを毒魔術として使役する。完成すればベイケが時空魔術師になれる可能性もある。誰よりも先に攻撃することができれば、負けることはほとんどなくなるだろう。世界魔術師たちよりも先に攻撃することができれば、世界魔術師に勝てる可能性がある。世界魔術師たちの中で、毒魔術によって時空浸食を研究した者はいないのだから。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る