空室
廊下を突きあたりまで行くと、また扉があり、その奥に空室があった。何にも使用されていない部屋だ。
そこには、腐敗した神官が二人、腐敗した信徒が二人いて、祈りを捧げていた。
祈りを捧げるという行為はかつての教会の民衆支配の手段だったのだが、この腐敗した人たちは三千年たってもまだ祈りを捧げているらしい。
そして、
「見たな」
といって四人が振り向いて、ベイケたちに襲いかかってきた。
また戦いか。ベイケはうんざりした。この教会遺跡に入って、戦闘ばかりしている。
腐敗した神官は、両手を高く上げると、バリバリバリと雷撃をベイケたちに放ってきた。信徒の祈りを導く仕事ができなくて、怒ってしまったのだろうか。
祈りを目撃されただけで雷撃で襲ってくるとは、この腐敗した神官は、どれだけ排他主義なのだろうか。
ベイケは毒電撃で雷撃を打ち消すと、そのまま毒電撃でとても腐敗した神官を攻撃した。
毒魔術を食らって、腐敗した神官が倒れた。
「おまえたちの中でいちばん強いのは誰だ」
もう一体の腐敗した神官が聞いてきた。
ベイケたち四人はとても腐敗した神官にそういわれて、そのことが頭にこびりついて離れなくなった。そういえば、おれたちわたしたち四人の中でいちばん強いのは誰なんだ。
ベイケはいちばん強いのは自分だと思っている。ベイケは魔術師ギルベキスタに勝負を挑むように準備をしている者なので、この地域一帯でいちばん強くならなければならないくらいに考えて生きている。望んだだけで強くなれるわけではないけど、教師エンドラルドだって倒したし、いざとなれば魔術師ダイツアを召喚できるし、いちばん強い自信がある。
ベイケはそう考えているのだが、他の三人はそんなことはまったく考えておらず、ベイケが強いことは認めても、四人の中でいちばんだとは考えていない。
ミシアは救世主を目指している女。当然、いざとなれば自分が最強であると考えている。
ノアミーは頭の中は大洪水で誰と一緒に方舟に乗るかそれだけしか考えておらず、最強の男がギルベキスタだというなら、ギルベキスタと方舟に乗るかとか考えているぶっ飛んだ女である。誰かひとりを選べといわれれば、おそらく、ウォブルと答えるだろう。潜在能力がいちばん高いのはウォブルだ。
ウォブルは、ノアミーが契約している魔術師アギリジアに最近、強い興味を持っている。いざ本気を出せば、ノアミーは魔術師アギリジアを召喚するのではないか。そうなれば、魔術師ダイツアと互角に戦えるといえる。だから、ここは意外性を狙ってノアミー最強説を推す。
「いちばん強いのはウォブルだ」
ノアミーが真っ先にいった。それを聞いた他の三人は目を丸くした。ベイケとミシアは絶対に自分だと思っていたし、孤児ウォブルは自分を挙げるほどノアミーが自分を高く評価していたことを初めて知ったからである。
「おれは一対一の戦いしかしねえ。いちばん強いウォブル、かかってこい」
腐敗した神官がいった。
三人はウォブルが指名を受けるかどうかを知るために振り向いた。ウォブルはこの一対一を受けるのか。
「反重力」
ウォブルがそう口走りながら腐敗した神官を重力操作で天井に叩きつけ、その高さから全力で落とした。どしんっと大きな音がして腐敗した神官は床に叩きつけられた。そのまま動かない。
「やるじゃねえか、ウォブル」
ベイケがいった。
「今のはよかったぞ、ウォブル」
ミシアがいった。
二人とも、まあ、本当はおれわたしがいちばん強いんだけどねと思ったりした。
腐敗した信徒の二人は様子を見ている。
ベイケは腐敗した信徒から聞き込みをしたい。
「誰に祈っているんだ。ギルベキスタか」
「そうだ。私たちは彼にすがるしもべだ」
腐敗した信徒がいう。
「ギルベキスタはどこにいるんだ。祈りを聞いているのか」
「最近は祈りは届かない」
「むかしは祈るとギルベキスタがそれを実現していたのか」
「そんなことはない。祈りは奇跡を待つ行為だ」
「それでもなぜ祈りを捧げるんだ」
「つい、毎日の習慣でね」
腐敗した信徒はいう。
「従属行為を習慣化させるのは教会の支配の作戦ではないのか」
「そうだと聞いているが、やめる決意がつづかないのだ」
この信徒たちは本気でこれでよいと思っているのだろうか。ベイケには必死に祈る者たちの気持ちは理解できなかった。
ギルベキスタは祈りは聞いていないのに、契約魔術の術者のことは識別しているのか。やはり、信じるより魔術の研究を行った方がいいんだ。そうベイケは思った。
ベイケは、教会の原理を解明しようとしていたのだ。しかし、それを聞いて、信徒の方が笑った。
「わざわざ苦労して教理を解読するより、祈りを捧げて奇跡を待った方が楽だし幸せだぞ」
くだらない。ベイケはそう思ったが、そのようにくだらなくなるように教会は運営されていたのだ。
「教会は滅んだのではないのか」
「まだここにある」
「教会では何を教えていたんだ」
「ギルベキスタにすべてを捧げろと」
「本当にギルベキスタにすべてを捧げたのか」
「そうだ」
「それでどうなった」
「ギルベキスタがすべてを持って去った」
「それでいいのか」
「よくない。だから、また恩恵があるように祈っている」
これが教会滅亡前の人々の思想なのか。ベイケはうんざりした。
ギルベキスタにすべてを差し出して、奪われて、それでもギルベキスタに従い、お願いをするのか。なんという主体性のなさだ。
教会で教えていたのは、ギルベキスタに対抗する魔術研究とかではなく、ギルベキスタにひたすら従おうという内容だったのか。
信徒たちがそれでもギルベキスタに従うのは、祈るだけなら簡単であり、楽をしたいからでもあるのだろう。信徒たちが祈るだけで楽な日常をすごすように、教会は促していたのだろう。信徒たちは、強い者に従うことが本能的に心地よいので、感情的に従っていて、理性的な損得計算をしないのだろう。
教会滅亡前はくだらない時代だったようだ。
「この人たちの話が本当なら、教会は滅んだ方がよかったんじゃないか」
ミシアがいう。
「いや、みんな、ギルベキスタが持ち去った教会の収穫を探しているんだ。実はおれもそれなんだ。教会の収穫を手に入れてみたいんだ」
ベイケがとうとう自分の狙いを白状した。
「それで、きみは誰も知らないようなおかしな話ばかり研究しているのか」
「そうだよ」
ミシアはベイケの目的の俗物的な側面を知って共感を深めたが、それ以上に疑問をふくらませた。
「きみは、もっと真剣な目的を目指していると思っていたよ」
「おれの夢をどのくらいの真剣さにするかは、おれにも難しいところでね」
ベイケがいう。
三人の仲間は、ベイケの考えていることを、ついていけないが面白いところもあると考えた。
空室さらに奥へ進むと、そこは居住区になっていた。四人はそこで一泊して、夜をすごした。
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