誤謬学校篇

職業で魔術師を選ぶやつ

 世界が魔術で動いていることを忘れた世界。

 魔術を独自に研究するベイケは、十六歳の男だ。町にある古本屋で昔の魔術書をたくさん買ってむさぼり読んでいたベイケは、近所の友人たちの間でも有名な変わり者だった。魔術書は良い本と悪い本の差が激しく、ごくわずかな名著を探すのに意味のない遠まわりをたくさんしてしまう。十代のうちからそんなことをしていては、人生の損失だよとまわりの者たちは注意したが、ベイケは魔術の独学をやめなかった。

 効率よく魔術を勉強するにはどうしたらよいのか。ベイケは先輩に相談したが、最も確実なのは良い師を持つことだという。良い師なんか見たことないぞ、とベイケは思いながらも、先輩の教えを胸にとめた。


 ベイケは魔術を教えない学校に通う。

 「西洋合理主義高校」。

 この世界の動きを合理主義と呼ばれる知識体系で解釈して教える高等学校である。教師がいうには、この世界は合理的にできていて、その合理性を理解すると、とても賢く生きることができるのだという。

 ベイケからすれば、人類はかつて世界が魔術で動いていることを解き明かしたのに、それを忘れている現代の学校はまちがったことばかりを教えているのだ。魔術を独学するベイケは学校に反抗的だった。魔術狂いの反抗児は仲間も少ない。しかし、ベイケは強く思う。

 おそらく、人類はかつて、魔術によって現代より高度な文明を築いていたのだ。

 山を空に浮かべ、海を割り、火を自由に操り、魔力を帯びた家具を使っていたのだ。

 ベイケは忘れ去られた魔術を復活させるために、魔術を独学しているのだった。


 学校では、十六歳で自分の職業を選択する。

 剣や槍や斧で怪物を退治する戦士がいちばんの人気職だ。

 格闘家、職人、賢者とあり、いちばん人気がないのが魔術師だ。


 魔術師は何の役にも立たないと大人たちはいい、教師もそういい、生徒たちもそうだと考える者が多かった。

 ベイケはその不人気職の魔術師志望だ。


「魔術なんか選ぶやつはいないよなあ」

「古代知識が現代で何の役に立つっていうんだよ。魔術師たちはバカじゃないのか」

 そんなことを男たちが触れまわっている。


 学校も、魔術師は非推奨としており、戦士、格闘家、職人、賢者を選択することが望まれていた。

 学校は、魔術師を選択することはリスクを伴うと説明した。そんなことをいわれたら、十六歳の若造はとても怖くて魔術なんて人生の進路に選択できなくなる。


 魔術師の教師はエンドラルドひとりだ。教える教師の数はいちばん少ない。エンドラルドは八十歳を超えた老齢で、引退同然の教師。それくらいに学校での待遇は悪かった。果たして、魔術師を選択したら将来の就職先はあるのだろうか。

 魔術師を選ぶことは愚かであるのか。五択から唯一の外れをベタに外せばよいだけだということなのかもしれない。

 二百人いる同学年の生徒たちの中で、魔術師を選択した者は少なく、男ではベイケとウォブルだけだった。たった二人の劣等生。そんな感じだった。

 ベイケだって心配になる。ひょっとして、ベイケの読んでいる魔術書が壮大な嘘が書かれた架空の歴史の体系であって、この世界の過去に魔術の時代なんてなかったという可能性だってありえるのだ。

「おれの読んでいる魔術書は、ひょっとしたら、千年前の大長編ベストセラーのファンタジー小説なのかもしれない」

 ベイケはそんな不安に取りつかれている。


 戦士を選択した生徒たちは、剣の品評や武勇伝や憧れの狩りの話題で盛り上がっている。

 格闘家志望の生徒は、王たるものの武術は戦士ではなく、格闘技だと主張し、戦士志望者に威張っていた。

 職人志望は鍛治をするために身体を鍛えている。

 賢者志望者たちは相手の愚かさの指摘をして徒労な議論の応酬だ。

 生徒の七割は戦士志望だ。格闘家、職人、賢者が一割ずつくらいで、魔術師は男では二人だ。

 魔術師志望の女の子がいなかったらどうしよう。

 ベイケはそんな不安感にかられ、落胆して魔術師選択の講堂に行ってみた。同じ魔術師選択にかわいい女の子がいるかどうかは重要な問題だ。ベイケだって、そこは大事にしている秘蔵の魔術書と同じくらいの価値をそこに感じる。果たして、同学年の魔術師志望にかわいい女の子はいるのだろうか。

 ベイケは講堂の扉を開き、中に入った。中には教師エンドラルドがいるはずだ。ウォブルはバックレている可能性が高い。緊張の一瞬である。

 そこに待っていたのは、ミシアとノアミーだった。

 ミシアは長身の女の子で、ノアミーはオシャレな服を着た女の子だった。ふたりとも容姿に問題はない。

 ちゃんとかわいい女の子がいる。ベイケは嬉しくて涙が流れてきた。

 魔術師選択でもやっていけるかもしれない。ベイケは不安になりながらも決意を高ぶらせようとした。


「わたしは救世主を目指す女だ」

 ミシアという長身の美少女はそういった。

 黒い髪に赤い髪が混じった長髪だ。

 戦闘服に身を包んでいる。

 そして、大きな樫の杖を持っていた。

「これは撲殺用なのだが、魔術師は杖だと聞いてな」

 ミシアはそういって、杖を振ってみせた。


「これから大洪水が起こる。わたしはそれを生きのびる」

 ノアミーという美少女がいった。

 ノアミーは回復魔術師で、占い師でもあり、雷撃系魔術師でもある。

「本当に大洪水が起こるの?」

 とベイケが聞くと、

「わたしが起こす」

 とノアミーが答えた。


「おれは、孤児院から来た。魔術師として世界の幸せに貢献したいね」

 といったのは男のウォブルだ。

 やせ身の長身で、短い黒髪。魔術師なのに剣を持っている。

 強そうだ。筋肉質で、間合いの取り方に良い意味での違和感を感じる。ひょっとしたら、武術の達人なのかもしれない。


 そして、残ったのは最後のベイケだ。

「おれは魔術を独自に研究している者だ。自分では本格派なつもりだ」

 ベイケは茶髪。鈍器になる重さの魔術書を持っている。

 毒魔術師だ。召喚魔術も使える。


 ベイケは、魔術師を選択したこの四人が学年で一位から四位を独占するバカたちだという可能性はないんじゃないかと思って、なんとかやっていけそうな気がして安心した。

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