【坂井 真樹絵編】一第一話一
――白い蝶が、わたしを導いてくれた。
わたしは、夢を見ていた。初めて見たときは、景色は白一色だったけど、段々と色が宿るようになった。
「わあ…!綺麗…!」
今では、白い森へと姿を変えていた。森全体に白い霧が、かかっていて、唯一分かるのは木々の緑の色だけだった。
森の空気は澄みきっており、朝焼けの空気を胸いっぱいに吸い込んだ。 車椅子をこぎながら、ゆっくりと木々を眺めていった。 白い蛍が飛び、木々の傍には兎、鹿、梟等…真樹絵の好きな動物たちが彼女のことを見守っていた。
「あ…!」
真樹絵は、車椅子を動かす手を止めた。木々の合間に白い人影が、ぼんやりと立っていたからだ。
――白い人影は、無数に存在していた。 真樹絵が、初めて夢を見た時にはいなかったが、景色に色が戻って来ると共に一つ、二つ、三つ…と段々と数が増えていき、今では森の至る所に白い人影は、立っていた。
「………」
(わたしに…何か、伝えたいことがあるかな…?)
以前白い人影に、挨拶をしたことがあった。 しかし…人影は、答える前に消えてしまうか、無言を貫いていることが多かった。 何度も声をかけて反応を見るのも白い人影に失礼であるように感じたので、最近では、人影を見ても遠くで見つめることにしているのだ。
白い人影を見ながら、車椅子を動かしていると、白い人影の中に、小さな影を見つけた。
「あれ?」
真樹絵は、その小さな白い人影に疑問に思うと、再び車椅子を止めた。 小さな白い人影は、五人いた。五人の人影の姿に真樹絵は、首を傾げた。 ゆっくりと五人の人影に、近付いていく。
「こんにちは…!ここで、何してるの?」
『……』
「…迷子になったのかな? お母さんとお父さんは、どこにいるの?」
『…………』
「よかったら…わたしも一緒に、探そうか?」
『…………』
「………」
(やっぱり…ダメかぁ…)
小さくため息をつき、落ち込んでいると――真樹絵の頭の中に弱々しい声が、聞こえてきた。
『……て……』
「え?」
『アキを……たすけて…』
「…ひーちゃんなの…?」
目の前にいた白い人影は、はっきりと姿を現した。すると、幼い緋都瀬が、真樹絵に訴えかけてきた。
『おれの…せいで…アキを、助けられなかった。 おれには、無理だった…』
「ひーちゃん…」
『アキも…しんちゃんも……大切だった。アキは…しんちゃんを、許してくれた。だから、しんちゃんを選んだんだ』
「………」
『アキを助けるまで…昔みたいに、アキのことを呼ばないことにしたんだ。そうしないと…《慈悲鬼の先祖》さまに覚悟ができてないって怒られそうだったからっ……うっ、ひっく…』
幼い緋都瀬は、何かを思い出したのか、再び泣き出してしまった。真樹絵は、幼い彼の様子に心に大きな針が刺さったらかのような錯覚を覚えた。車椅子を止めると幼い緋都瀬に、ゆっくりと近付いた。
『…まきちゃん?』
真樹絵の突然の行動に、幼い緋都瀬は、後ろへと下がった。他の幼い人影も幼い緋都瀬の後ろに隠れてしまった。真樹絵は、幼い緋都瀬達の様子を見て、優しく微笑んでいた。幼い緋都瀬達と同じ目線になると彼女は、言葉を選びながら、言った。
「……ひーちゃんは、ずっと…自分のことを、責めていたのね…』
『…うん…』
「…気付いてあげられなくて…ごめんね。 わたしはね……ひーちゃん達が、《鬼の試練》を受けているとき…毎日お祈りしていたの。 早く、終わって…みんなが、笑顔で素敵な日常に戻れますようにって…」
『………』
「…アキちゃんのことは…わたしも、助けたいって思ってる。
だから、ひーちゃん……自分のことを、責めないほしいの」
『…まきちゃん…』
幼い緋都瀬は、また泣いてしまっていたようだった。彼の姿は、薄い透明な色をした白い人影へと戻ってしまった。 他の四人の人影と共に、森の奥深くへ走り去ってしまった。
「行っちゃった…」
寂しげな顔をしながらも、微かに笑みを浮かべた真樹絵は車椅子に戻ると、再び車椅子を動かし始めた。
「…お兄ちゃん…いるかな…?」
どこまでも続く白い森。自分しかこの不思議な森に、1人しかいないことに…段々と真樹絵は、少しだけ不安に感じながていた。 ふと、自分の《兄》のことを考えていた時――白い鈴が、頭の中で鳴り響いた。
チリンチリン…
『…真樹絵。 どうして、ここに戻ってきた…?』
「あっ…!《真咲》お兄ちゃん…!」
森の奥深くには、白い鳥居が立っている。 鳥居の側に立っていたのは、真樹絵の双子の兄である《坂井 真咲》であった。
実は、真樹絵は《鬼の試練》が始まって、少し経ったときに真咲のことを思い出したのだ。 真咲の言葉に、真樹絵は照れたように言った。
「真咲お兄ちゃんに聞きたいことがあったから、来たの」
『聞きたいこと?』
「うん。ずっと…気になっていたの。
どうして…わたしには……《贄鬼の先祖》様の声が、聞こえないの?』
『!』
真咲が、目を見開いて、驚いているのが分かった。真樹絵は、顔を下に向け、両手を強く握り締めながら言った。
「…不思議に思っていたの。ひーちゃん達には鬼のご先祖様の声や姿が見えるのに……わたしには…何も見えないし、聞こえないの…」
『………』
「真咲お兄ちゃん…お願い…答えて。 この前…羽華ちゃんの《喪鬼の試練》は、終わったよ。 次は…わたしの番だよね?」
『そうだ。 お前の番だ…』
「…お兄ちゃん…?」
『……………』
真樹絵には真咲が、何かに耐えながら、言っているように見えたからだ。
「お兄ちゃん…どうしたの?」
兄の顔を見ながら、心配そうに、真樹絵が聞くと…真咲は、掌を強く握りしめながら、言った。
『……真樹絵。落ち着いて、聞いてくれ』
「…うん…」
『…お前の前に、《贄鬼の先祖》様が現れなかったのは――《蔵鬼(くらおに)》に、墜ちたからなんだ…』
「…《蔵鬼》…?」
聞き慣れない言葉に、真樹絵は疑問符を浮かべながら、聞き返した。真咲は、続けて言葉を放った。
『……双鬼村の伝承で出て来る悪い鬼だ。 《蔵鬼》は、その名の通り……双鬼村で悪さをした子どもを蔵に閉じ込めたあと、仕置きをする鬼として語り継がれてきた者だ。
それが…《黒い海の主》のせいで…《蔵鬼》は、生者と死者の魂を喰らう者として……堕とされたんだ』
「ということは…えっと…わたしは、《蔵鬼》から逃げないといけないってこと…?」
『それだけじゃない。《蔵鬼》に、狂わされた子ども達からも……逃げなければならないんだ』
「それが、わたしの試練なの…?」
『そうだ。俺は…お前を助けることを鬼巫女様より許可されている。 だから…お前のことは……俺が、守る』
「真咲…お兄ちゃん…」
真咲の言葉に真樹絵は、心が温かくなるのを感じた。体の不自由な自分では、《蔵鬼》に狂わされた子ども達から逃げられるのか…という不安があったからだ。
失敗は、許されない。自分の番で《鬼の試練》は、終わる。
そうすれば…秋人と祈里を、助けに行けるのだ。
白い森の木々の間を、冷たい風が、通り過ぎていった。周りを見渡すと、白い霧が、濃霧のようになっていることが分かった。これはこの夢が、終わりに近付いていることを意味していた。 真咲は、一通り辺りを見回すと、再び視線を真樹絵に戻すと言った。
『そろそろ、時間切れだ。 また、困ったことがあったら、ここに来るといい』
『うん…分かったよ。 あ、ごめん…!最後に、聞かせてほしいことがあるの!』
『? 』
『鬼のご先祖様は、一体、何者なの?』
『……《鬼灯六人衆》の1人だった』
「《鬼灯六人衆》…?」
『…詳しいことは…緋都瀬達と一緒に調べていけば、分かる。 さあ…現世に、帰るんだ』
「あ、ありがとう…!真咲お兄ちゃん…!」
『………』
真樹絵の姿が、濃霧となった霧によって隠されていく。最後の言葉に、真咲は、また少しだけ目を見開いていたようだった。
END
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