【篠原 玲奈編】一第一話一



夏が近付いてくると、あたしは、小さかった頃のことを思い出すことが多かった。 山に囲まれて、自然豊かな小さな村…幼いあたしの印象に残っていたのが、双鬼村だった。


『玲奈!気をつけて遊びに行くのよ!』

『はーい!いってきまーす!』

『……』


両親の顔は、覚えていない。 夢に出てくる両親の顔はいつも白い靄がかかったみたいに見えなかった。 白い麦わら帽子に白いワンピース、サンダルという軽装であたしが向かっていたのは、《宝鬼の森》だった。


『ふーんふふーん!』

(今日は《イジメっ子たち》もいないし、思いっきり、宝探しができる!)


そう。当時のあたしたちの間にはある噂が広がっていた。

《宝鬼の森》には、《鬼灯の宝珠》が六つ埋まっていて、それを見つけ出せば、幸せになれるという言い伝えがあった。

蝉たちが忙しくなく、鳴いているのを聞きながら、あたしは一人、注意深く辺りを見渡していた時だった。


『なにしてるんだ?玲奈ちゃーん?』

『……っ……』


見覚えある声に、あたしはゆっくりと振り返った。


***



「………」

(最悪…)


玲奈は、目を開けた。カーテンの隙間から蝉たちの声と、照りつけるような陽射しで目が覚めたようだった。携帯の時計を見ると、アラームが鳴る三十分前だった。いつもより早くに起きたことにより、玲奈は、舌打ちしながらも起き上がった。 彼女が舌打ちをした理由は、あの夢を見てから起きてしまった自分に対する苛立ちからでもあった。


「ん…玲奈ちゃん…早いね…」

「あ…ごめん。 羽華…起こした?」

「うん。眠いよ…」


隣で寝ていた羽華は、身動ぎして玲奈に問いかけてきた。 ここで、玲奈と羽華の生活について説明しようと思う。

彼女たちは、幼い頃に両親を十年前の山火事で亡くしていた。

養女として、翠堂 遊糸に引きとられたまではよかったが、遊糸のことを強く、拒絶していたのが玲奈だった。 困り果てた遊糸は、二十歳になったばかりの淡月 夕日に玲奈と羽華と共に暮らしてほしいと頼み込んだ。 夕日は快く、玲奈と羽華、真樹枝のことを引きとり、アパートで一緒で暮らすことになったのだ。

玲奈と羽華の寝ていたのはごく普通の布団だった。昨日は、羽華が中々寝付けなかったらしく、隣から羽華の布団を持ってきて、一緒に寝ていたのだ。 玲奈が起き上がると、羽華も起きようとしていたので、玲奈は慌てて止めた。


「羽華、眠いなら寝とけば? まだ三十分あるし」

「でも…また寝たら、起きられるか自信ないよ…」

「大丈夫よ。あんたはあたしより起きるの早いんだから。いざとなったら、夕日お兄ちゃんが起こしてくれるわ」

「うーーーん……そうする…」

「はいはい。お休みお休み〜」


羽華は寝ぼけながらも悩んでいたようだが、夕日の名前を出すと、再び布団へと戻ると寝息を立てはじめた。 彼女は寝るのも、起きるのも自分より三倍ほど早いのだが、その事でツッコミは入れなくなった。 玲奈には早起きした理由があった。


(あいつ…ちゃんと来てるんでしょうね…)


今日は緋都瀬と屋上で待ち合わせをしていた。 自分から待ち合わせをしておいて、遅刻するのもおかしいので手早く布団を畳むと、台所へと向かって顔を洗い、軽い朝食を食べ、部屋に戻ると制服に着替えた。 羽華を起こさないように、静かに身支度を整えると玲奈は学校へと向かったのであった。


***


高校二年生になって、二度目の夏がやって来た。七月になって暑さは例年を上回っており、夜神町でも熱中症注意報が発令されたほどだった。 夏休みに入ると、夏を迎えたことに感謝する祭りである『宵祭』が行われることになる。 まだ先のことだが、近所の大人たちはその噂で持ちきりになっていた。

秋人が、行方不明になってから三ヶ月が経っていた。依然として、秋人の母・秋世も見付かってはいない。秋人がいないままで、夏休みを過ごしたくはなかった。 高校生の夏休みは長い。だから、夏休み中に秋人を見つけ出さなければならない。

学校に着くと、玲奈は早足に教室へと向かった。 教室では、先に着いていたであろう緋都瀬がいた。


「おはよう。玲奈ちゃん」

「……おはよ…」


早朝の時間帯は、教室に生徒はいない。 いるとすれば、部活動をする生徒達くらいだが、彼らは朝練が終わるまで教室には帰ってこない。 その時間帯を狙って、玲奈は、緋都瀬と話をすることにしたのだ。


「屋上に行くわよ」

「うん」


玲奈は、軽く緋都瀬を睨み付けると、緋都瀬と「」共に屋上へと向かったのであった。



***



屋上に着いた二人は、しばらく歩くと、どちらかともなく止まった。


「…あたしの言いたいこと、分かってるでしょ?」

「……うん。分かってるよ」

「……っ……」


玲奈は、勢いよく振り返ると緋都瀬へと早足で近付いて行った。

パチン…と乾いた音が、屋上に響き渡った。


「どうして…秋人君を選ばなかったのよ!!」

「…………」


玲奈の言葉に、緋都瀬は何も言い返せなかった。今日彼女に呼び出されたのは、慈悲鬼の試練で秋人ではなく、信司を選んだのは何故なのかを問いつめるものだった。


「…何があったのよ?あんたが、信司を選んだのは、何か、訳があるんでしょ?」

「……あるよ。 でも、その前に、俺は君に…謝らないといけないって思ったんだ」

「え?」

「ごめん。俺が悩んでた時に、玲奈ちゃんは声をかけてくれたのに……秋人を、選ばなくて、本当に…ごめんね…」

「………」


緋都瀬の言葉に、玲奈は困惑した顔を見せた。彼は息を整えると、言った。


「…俺にとって…秋人も信ちゃんも大切だった。 これは、本当だ。信じてくれないと、思うけどね…」

「………」

「きっと、何を言ったって…君には、言い訳にしか聞こえないと思う。 でも…秋人を……《黒い海》から助けたいっていう気持ちは本当だよ」

「……」


玲奈は緋都瀬から顔を背け、小さく舌打ちした。 本当は、もっと緋都瀬のことを問い詰めてやろうと思っていたのだ。

しかし――緋都瀬の真剣な表情に、心が揺さぶれてしまった。

彼の言葉を信じていないわけではない。むしろ、頼りにしたいくらいだ。


(ダメね。やっぱり、あたしには…あんたを責め立てることなんて、出来ない…)


そんなことしたら、羽華が泣いてしまうかも知れないのだ。

羽華は、緋都瀬に思いを寄せている。その思い人が親友に頬を撲たれただけでなく、責め立てられたと聞けば、泣いてしまうことは目に見えていた。


「…緋都瀬。 あたしの身に何かあったら、羽華のこと、お願いね」

「え?どういうこと?」

「……あたしの試練の内容は…《一人だけで、秋人君を助け出すこと》よ」

「――」


玲奈の言葉に、緋都瀬は唖然とし、目を大きく見開いていた。


「そんな…無茶だ…!せめて、調べ物をしてから秋人を助けに行こうよ…!」

「…慈愛鬼は、『調べ物はせずに行け』って言ってたわ。掟で決まってることなんですって」

「………」


呆れたように笑う玲奈に、緋都瀬はそれ以上言葉を紡ぐことは出来なかった。 彼女は大きく背伸びをすると、笑って言った。


「大丈夫よ。緋都瀬。元々…秋人君のことはあたし一人で助けようって決めてた事だし…慈愛鬼に反発する気もしないわ」

「玲奈ちゃん…」

「あたしは、絶対に諦めたりしない。 だから、あたしが……いなくなったら、羽華のことお願いね」


話は終わりだと言うように、緋都瀬の肩を軽く叩くと玲奈は屋上を後にした。 緋都瀬は、玲奈の背中を見つめる中――蝉たちの声が、屋上にまで木霊していたのであった。


END

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