第19話 邂逅

 スノーフォグという国は、最初から発展していたのではない。

 かつて荒野で荒れ果てた島に、細々と暮らす人々が居た。彼らは漁業で生計を立てて、他の地域に何があろうなんてことを知ることもないし、知るための力も持ち合わせていなかった。

 全ては生きるためであり、その変化を嫌ったのだ。

 そんな彼らの生活に変化があったのは、祈祷師リュージュの存在だ。

 祈祷師——未来を見ることが出来、その未来を人々にお告げという形で進言する存在は、人々にとっては神に近しい存在と見なされることもあった。

 祈祷師はそもそもこの世界の神であるガラムドが祖先であるとされている。即ち、祈祷師は神の血を引きし一族であるのだ。


「リュージュは、この荒れ果てた場所に自ら来ることを望んだ——そう言われているの」

「自ら?」


 少女の言葉を、レーデッドは反芻する。


「そう。だから最初は左遷と言われていたの。何せ大災厄の予言をして的中してしまった……。人々の中にも、リュージュを恐れる人間が居てもおかしくはなかったでしょう。そして、リュージュもそれを分かっていた。だから、だからこそ敢えて人の少ない新天地を求めた」

「それがスノーフォグであった、と?」


 少女は首肯する。


「スノーフォグは、当時国として存在していた。だから、当然領主も居たの。けれど、リュージュは己の実績を持って、陰からスノーフォグを支配した。それがスノーフォグの変換点であり、言ってしまえば終わりの始まりでもあった」

「終わりの始まり?」

「リュージュは、最初こそ隠れて政治を支配していたのだけれど、それも暫くしたら辞めてしまった。というのも、領主一族の中でそう進言した人間が出てきたのよね。それから、表に立ってスノーフォグを統治するようになった。未来の現在から考えると、リュージュはそれを狙っていたのかもしれない」

「?」

「つまり、リュージュが自ら発言すると周囲の反感を買うけれど、領主一族から言ってくれば反感は少ない。そうなるように、リュージュが仕向けたんじゃないか、って話」

「成る程……」


 そこまで考えていたのならば、策士という言葉がぴったりだろう。

 レーデッドはそう考えながら、さらに少女の話を聞いた。


「リュージュは実権を握ってから、あるものを解明すべく着手を始めました。何故だか分かるか?」

「……申し訳ない。ヒントが全くなさ過ぎて、皆目見当がつかない」

「この世界の成り立ちを、知っているかな?」


 少女の突拍子もない発言に、レーデッドは目を丸くする。

 咳払いを一つして、少女の質問に回答する。


「ええと、確か……ガラムドがこの世界を生み出したはずだ。生み出した、というと語弊があるな。この世界の始まりを作り出したとも言われている。この世界はかつて争いが絶えず、世界そのものが崩壊する懸念もあったが、それをガラムドが制止した、と。そうして世界は一定の平和を見せることとなり、彼女を神であり創造主と崇めるようになった——」


 レーデッドの言葉を聞いて、パチパチパチと乾いた拍手をする少女。


「ご明察。まあ、それは教科書に書いてあるぐらい、嘘まみれの歴史ですけれどね」

「……それしか回答出来ないことを、分かっていて言ったんじゃないのか」

「まあ、否定はしませんね」


 少女の言葉に、レーデッドは深い溜息を吐く。

 彼にとって、今この少女は何をしたいのか——それがさっぱり見えてこなかったからだ。単純にスノーフォグの歴史を伝えたいから、ならば良いのかもしれないが、それでは少女にメリットが一切ない。本来であれば何かしらのリターンを求めて発言するのが当然だろうし、それを全く見せようとしない少女のことを、非常に不気味に感じていた。


「さあ、続きを話しましょうか」


 少女は、そう言って再びスノーフォグの歴史を語り出す。

 それよりも先に、話すべき話題も当然あるのだろうが。



◇◇◇



「……遅くない?」


 その頃、シグナルのアジト。

 その最奥部でメアリーはレーデッドの帰りが遅いことについて、疑問を抱いていた。


「まあ、確かに……」


 言ったのはライラだ。


「アイディアが浮かんでこないから、ちょっと歩いてきて良いとは言ったけれど、流石にあんまり知らない土地でここまで長い時間ほっつき歩くものかな? ライラ、もしかして王子様って散歩の趣味でもあるのかな?」

「いや……。少なくとも、聞いたことはないけれどね」

「じゃあ、やっぱり怪しいね」


 メアリーは立ち上がり、何処かへ歩いて行く。


「何処へ?」

「探しに行ってくる」

「宛てでもあるんですか?」


 ライラの問いに、メアリーはニヒルな笑みを浮かべる。


「……わたしを誰だと思っているの? 予言の勇者の一行、最後の生き残り——メアリー・ホープキンよ」


 そう言って部屋を出て行くメアリー。


「……その言い方だと、悪党みたいな感じになっちゃうんだけれどねえ」


 その独り言にも近い呟きは、当然去って行くメアリーにも聞こえるはずはなかった。



◇◇◇



 再度、少女とレーデッドの会話。


「この世界は、かつて別の世界が存在していた……そう言われているの。世界は世界で同一だったとされているけれど、過去の世界はこの今の世界とは比べものにならないぐらい、技術が進歩していたとも言われている。そして、魔術や錬金術といった技術は、逆に存在すらしていなかった、とも」

「……そんな世界が?」


 レーデッドは首を傾げていた。

 少女の言うことが全くのでたらめであるとも思いたくなかったが、言っていることを百パーセント理解出来るようでもなかった。

 世界が、ガラムドの居る前から存在していて、その世界は今の世界と全く違う——きっと今の世界の人間に伝えたところで、鼻で笑われるに違いない。


「前の世界の痕跡は、殆ど消滅したと言われている。恐らく、全てを無に帰す何かが起きたのでしょう。僅かな人類が生き残り、そのうちの一人がガラムドとなった……」

「ちょ、ちょっと待ってくれ……。いや、別にきみの言っていることが間違っているとは思いたくないのだけれど——」

「——理解は出来ない、でしょう?」


 少女に言葉の続きを言われ、そこでレーデッドは止まってしまう。


「そう思っても仕方ないでしょうね。けれど、それは紛れもない事実。そして、それに——リュージュは気付いてしまった」

「気付いた?」

「旧時代には、今の時代とは比べものにならない技術が生まれていて、それが僅かながらに残っている、と。それを上手く活用出来れば、この世界のレベルを一つ、いや二つ——或いはもっと上の段階に上げることが出来るのかもしれない、と」

「……リュージュは、どうしてそれを見つけたんだ?」

「さあ?」


 少女は首を横に振り、諦めたような顔をする。


「流石に、それは本人に聞かないと分からないね。いずれにせよ、リュージュは気付いた。この世界が一度滅んだのは、技術が発展し過ぎたからだと。そしてこの世界の根源に存在するある存在は、それが遠因となって生まれた存在だということも、恐らくそのタイミングで気付いたのでしょう」

「……まさか」

「そう、オリジナルフォーズです。全ての根源であり全ての始まりであり全てを終わらせる存在——『喪われた百年』で出現した、この世界の始まりとも言える存在です」


 オリジナルフォーズの名前を言われて、愕然とした。

 それは、自分が知っている単語が出てきたから、というそんな単純な理由ではない。

 何故この少女がそれを知っているのか——ということが強かった。


「きみは、一体——」

「あら。懐かしい顔じゃない」


 レーデッドの言葉に割り込むように、誰かの声がした。

 食堂の入り口に立っていたのは、メアリーだった。

 メアリーは笑みを浮かべながら、その少女の名前を——言った。


「あの後生死不明になっていたはずだけれど……まさか生きていたなんてね、ロマ・イルファ!」

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