第14話 全知全能の図書館≪ワールド・ライブラリー≫
壮絶な話だった。
レーデッドが知っている歴史とは、大きく異なる話であったからだ。
普通ならばその話の真偽を問うところから始まるのだろうが、しかしながら話している人間は紛れもなく予言の勇者、その一行に居たメアリー・ホープキンだ。
これでは、疑うことすら烏滸がましい——そう言って差し支えないだろう。
「メアリー。あなたは……、助けを求めていたのか?」
「いいえ、違います。けれども……、そう思われていても、致し方ないのかもしれませんね」
「……そういえば、予言の勇者そのものはどうなったんですか? 歴史書には忽然と消えてしまった、なんてありましたけれど。まさかそれも違うのですか」
その言葉に、メアリーは首を横に振った。
「それは……、それは正解です。紛れもない、事実ですよ。消えてしまったんです、予言の勇者はある日忽然と……。世界を救ったことで、もう必要ないと自ら判断してしまったのか、それともさらに上の存在がそう決めたのかは、定かではありませんが」
「上位の存在……? それはつまり、神ガラムドということになるのですか」
レーデッドの質問に、メアリーは答えられなかった。
「さあ……どうでしょう。はぐらかしているのではなく、単純に分からないのです。もしかしたら、彼は違う世界や時代を救いに行ったのかもしれませんし」
あくまでも予想ですけれどね、とメアリーは付け足す。
しかし、メアリーの言い方は、どちらかというと、確証を持っていたような——そんな言い回しであった。そうレーデッドは感じ取った。レーデッドは別にその話が嘘か真実かを見分ける力を持ち合わせて等いない。
これはあくまでも予想だ。
レーデッド自身が感じ取った物から構築した、予想であった。
「……人間一人は、そう簡単に上位の存在に逆らえません。当然と言えば当然ですけれども、上位の存在は我々人間のことを完全に把握し、理解し、それを分かった上で楽しんでいるのですから」
「それは……」
仮にそうであったとして。
そうであったとして——それを受け入れるしか術はないのだろうか。
レーデッドは考えるが、しかしその場で答えが出てくるような話でもない。
「ぼくは、いや、仮にそうであったとして、この世界はどうすれば——」
「どうしようもない、というと救いようがありませんが。しかしながら、それもまた一つの事実であり真実です」
メアリーは語る。
しかし、さらに話を続け、
「別に、諦めた訳ではないのですよ? 試行錯誤を続け……何年の月日が流れたことでしょう。何年、或いは何十年、はたまた何百年とも言えるかもしれませんけれど……。それでも、わたしは諦めなかった。諦めたくなかった。世界を救ったのに、突如消えてしまった彼を——救いたかったんですよ」
「彼、というのは……」
そう、とだけメアリーは言い、話を続ける。
「三百年前にこの世界を救った——予言の勇者、フル・ヤタクミのことです」
◇◇◇
予言の勇者。
それは、遙か昔祈祷師が予言したとされる、有名な予言に書かれていたものだ。
いつか世界に危機が訪れ、世界が崩壊を迎えるであろう——しかし、その時に何処からともなくやって来る存在、それが予言の勇者である、と。
あまりに突拍子もない予言に、当時の人間は冷笑した。
祈祷師の予言は当たると言われている——さりとて、その予言はあまりにも荒唐無稽である、と。人々の評価は、そういうものであった。
しかし、それから数百年後——実際に勇者は出現した。
何処からともなく、忽然と。
「フルは……突然姿を見せたの。まるで、何処か異なる世界から召喚されたかのように。まあ、そんなこと戯言になってしまうし、誰も信じてはくれないのだろうけれどね」
「突然……他の世界から? そんなことが有り得るのか?」
「まあ、普通の人間からしてみれば有り得ないでしょうね。それに、召喚された場所はラドーム学院だった。その当時、魔術・錬金術・その他諸々の学問を学ぶことが出来る最高の機関。何故、そんな場所に現れることが出来たのか? 疑問ばかりが浮かんでくるけれど……、まあ、そこについては永遠に解決しそうもないのだから、一旦置いておくとしましょう」
メアリーは淡々と事実を述べていく。
そこに自らの意見はあまり入れないようにしている——様子だ。あくまでもそう見えるだけであって、本当にそうなのかは定かではない。
「でも、何故予言の勇者であると気付いたんですか?」
レーデッドの疑問を、メアリーにぶつける。
「何故、とは?」
「いきなり出現した人間を……良く疑わなかったな、ってだけです。だって魔術を使えば、そういったことも可能だったはずでしょう? であるならば、他からやって来たスパイだって可能性も十二分に有り得た訳ではないのですか」
「スパイ、ですか。まあ、確かにそう思うのも致し方ないでしょうね……」
メアリーは語る。
余裕ぶっているように見えるが、それは今から話している内容、その結末が全て手に取るように分かっているからであろう。
「……難しいことかもしれませんけれど、わたしは分かっていたのですよ。それが予言の勇者である、と」
メアリーの解答は、あっけらかんとしたものだった。
あまりにも単純で、考察の余地を与えない。
しかして、その言葉の真意を汲み取ることもまた、なかなかに難しい。
「平たく言ってしまえば、わたしは祈祷師の娘ですからね。そういった知識は身につけていました。勇者の予言であったって、祈祷師テーラについても、世間では冷笑されていましたが、祈祷師からしてみれば笑われるものではありませんから」
「と、いうと?」
「祈祷師は何故未来を見れると思いますか?」
質問を質問で返されるスタイルに、若干レーデッドは面食らってしまう。
「何故、って……。そんなこと分かる訳がないですよ。未来を見るということは、どんな術でも成し遂げることは出来ません。過去であっても、現在であっても」
「……はは。間違いありませんね」
メアリーの言葉は、軽く、或いは冷たいものだった。
会話の解答は、分かりきっていたのかもしれない。
「祈祷師になるには、ある条件が備わっています。ガラムドの子孫だからといって、誰もがなれる訳ではありません。わたしにだって、それにはきっとなれませんから」
「未来を見ることが出来ない、と?」
こくり、とメアリーは頷く。
「未来は、殆どが確定した事象です。極まれにそれを覆すことも有り得ると言いますけれど、しかしながら概ね見えた未来は現実になる。だから祈祷師は重宝され、どんなに突拍子もない未来を予言したとしても、彼らは絶対的な自信を持っています。例えどれだけの人間が批判しようとも、その事実が見えたことには変わりがないし、それが現実になることを分かっているのだから、プライドが傷つけられることだってありませんし」
「しかし、確定した未来とは言うが、それをどうやって見ているんだ?」
「『
メアリーの答えに、レーデッド含め全ての人間が目を丸くした。
「それは、いったい……?」
「母さんが残した日記には、そう書かれていた。……わたしもそれを見ることが出来る訳ではないから、実際にはどういうシステムなのかは分からない。けれども、日記を見る限りでは……、こう書かれていた」
一息、呼吸を置いて。
「それに触れることが出来ると、世界の全てを知ることが出来る——と」
「世界の……全て」
反芻するも、その言葉の意味を理解出来る訳もなかった。
「……まあ、分からないのも当然でしょう。わたしだって、知らないのですから。……母さんの日記には、こうも書いてありました。——ワールド・ライブラリーを見ていけば見ていく程、世界の歴史は決まり切っていることを知った、と」
決まり切った歴史。
とどのつまり、敷かれたレールの上を延々と歩き続けているような、そんな感覚。
「母さんは、その決まり切った歴史を変えようとしたのでしょう。差し詰め、自らが神になろうとしたのかもしれません。歴史の大見出しを作る——あの言い回しは、案外言い過ぎなことではなかったのかもしれませんね」
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