第12話 シグナル

「リュージュが、異端者だと? そう解釈した、ということか……」


 レーデッドは、今までライラから聞いたことを自分なりに噛み砕いて解釈した。

 ライラは頷くと、


「その通り。けれど、それが間違っていたことについては……もう分かっていることだよね。リュージュが世界を破壊しようとした。しかしながら、それは勇者一行によって阻止された。それは、確かに素晴らしいことだ。……さりとて、リュージュだけを犯罪者に仕立て上げることは、正解なのだろうか?」

「どういうことだ? さっきから言っていることに一貫性がないような気がするけれど……」

「感情に振り回されず、客観的に考えないといけないってことだよ、レーデッド」

「……言いたいことは分かるが、こちらだって整理する時間がないことぐらいは理解してほしいものだね?」


 観光地に居るのだが、観光をする暇などなかった。

 彼らからしてみれば、話をすることが暇潰しであると言えた。


「リュージュはどうしてそんなことをしてしまったのだろうか?」

「うん?」


 レーデッドの質問に、ライラは首を傾げる。


「どうして、そんなことをしてしまったのかと聞いているんだ。リュージュは、世界を滅ぼそうとした。けれども、それには理由があったはずだ。そうだろう? よもや衝動的に実行したとも思えないし」

「色々と研究をしている学者は居るよ。けれども、最終的な到達点が不確定であることには変わりがないかな。誰も彼も、リュージュに対して一定の理解をしている訳ではない。寧ろ異端者であり、祈祷師という性質上、人々には理解出来ないという固定概念が働いてしまっているからだ」

「同じ人間なのに、か?」


 レーデッドの問いは、鋭くライラに突き刺さった。


「……そう思うのは、後世の人間だけだよ。リュージュが世界的な悪事を働くまで、神の一族、ひいては祈祷師は不可侵なる存在であった。つまり、リュージュはおろかガラムド以下の一族は全て人ならざるものであったとされているんだから」

「人ならざる……もの?」

「そう、それこそ神と同等な存在として、ね」


 ライラは立ち止まる。

 そこにあったのは、小さな商店だった。

 観光地にはありがちなお土産屋——とでも言えば良いか。だから、何故ここで立ち止まったのか、レーデッドには分からなかった。


「ここは……?」

「まあまあ、ついてきて」


 そう言ってライラは店へ入っていく。

 レーデッドも言われるがままに、店の中へと足を踏み入れた。



◇◇◇



 店の中は、小綺麗に纏まっていた。何を販売しているのか、さっぱり分からないぐらいに整頓されていたからだ。

 商品と思しきものが、何一つとして存在しない。

 それは店舗としては、不釣り合いであり、大きな違和感でもあった。

 しかしながら、これが開店前であると説明されてしまえば、そうであると納得せざるを得ないだろう。

 店主も居ない店の中を、どんどん進んでいく。

 奥にある扉を開けると、階段があった。


「地下?」

「地上はカモフラージュ。まあ、色々と隠しておいた方が都合が良いからね。ちょっと狭苦しいかもしれないけれど、勘弁してね」


 ライラはそうお断りを入れると、階段を降りていく。


「ここを?」


 残されたフィード達も、続々と降りていった。

 そして、最後に残されたのはレーデッドただ一人であった。


「……いや、もう進むしかない」


 もうレーデッドには、戻るという選択肢が存在しない。

 自ら選択してライラについてきた——そしてミリアが行方不明になってしまった以上、どういった世界であろうと、どういった出会いであろうと、前に進むしか選択肢はないのだから。

 だから、レーデッドは前に進んだ。

 後悔など、する必要もなかった。



◇◇◇



 階段を降りると、部屋があった。


「なあ、教えてくれないか。……ここはいったい何なんだ?」

「だから、言ったでしょう。わたし達のアジトである、と」

「反ガラムドルズ勢力、の?」

「まあ、世間一般的にはそう言われるのかもしれないけれど……。けれど、それは大きな間違い。こちらとしても積極的に修正を依頼することはなかったのだし、人々の認識が間違ったままであるのは、致し方ないのだけれどね」


 ライラは勿体振っている素振りを見せながら、そう言った。


「……そんなこと言わずとも、さっさと言えば良いだけの話じゃないのか? ライラ」

「フィード。物事には何でも順序ってものが存在するのよ。一見必要なさそうなプロセスでも、案外重要だったりするのだよね」

「それってつまり今のプロセスは必ずしも要ることではない、というのを暗に認めていることだよね?」

「わたし達の名前は、『シグナル』。かつて存在した組織の名前を流用しているのだけれど、活動内容そのものは全く違うのだよね。何故なら、彼らの存在は——」

「はいはい、今はそれを話している場合じゃない。そうだろう?」


 ライラの言葉を遮るようにフィードは言った。


「……まあ、そうかもしれないけれどさ、もっと段階を踏んでいかないといけないってのも分かるでしょう? 全て、最短ルートで物事を進めてしまうのも良いのかもしれないけれど、でもさ、それってツマラナイ人生だったりしないかな?」

「いいや、そうは思わないね。時間の無駄だよ、適当に話を進めていくことは……。それにより、救えなかった命が出てくるかもしれないし後悔をすることもあるだろう。そんなとき、リカバリーが効くのか?」

「効くか効かないか言うのは、ツマラナイ話でしょう。そりゃあ、人生には何か一つ目標でもあれば良いのかもしれないけれど……」

「おや、帰ってきていたのかな?」


 声がした。

 レーデッドはその声に驚いた。何故なら、いつの間にか彼らの背後に立っていたからだ。

 本来、人が歩くということに関しては、気配を感じるはずだ。それはフェロモンなのか、匂いなのかは分からない——けれども、何かしら感じることはあるはずだ——あるはずなのに。


「全然……全然気付かなかった。誰だ?」

「おやおや、見ず知らずの人間に先ずは誰だ? というのは随分と乱暴な立ち振る舞いじゃないかな? まあ、致し方なしではあるのかな……。ライラ、彼が?」


 ライラは頷いて、頭を垂れる。


「はい、ご理解の通りです。彼こそが、ハイダルク王家で勇者一行の才能を受け継ぎし存在——」

「辞めてちょうだい、恥ずかしいって何度も言っているでしょう。それに、わたしが崇められていたのは随分と昔のこと……。もう人々でさえ忘れてしまっているというのに」

「それは全く関係ありません。何故なら、あなたが居なければこの組織は存在すらしなかったのですから」


 栗色の髪を棚引かせ、女性は俯いた表情を見せる。


「そうは言うけれど、やっぱり居心地が悪いと思うのは間違いないのよね……。悪気がないことぐらいは分かっているし、考えていきたいと思うし、考慮せねばならないことであるのは、重々承知していることなのだけれど」

「もしかして……」


 レーデッドは、目の前に居る女性について——一つの予想を立てていた。

 会うことは初めてであるはずなのに、どうして見覚えがあるのだろうか? 答えは言い得て妙であり、考えれば直ぐ分かるぐらい単純な解答だった。


「うん? もしかして、わたしが誰なのか分かったのかな。まあ、分かってくれるのなら、これからの説明が若干省けるから有難いかな。……それとも、分かっていてもなおそちらからは解答を提示しない、という選択肢もある。いずれを選ぶのかは、きみに任せるけれど」

「……あなたは、もしかして」


 レーデッドは言い直した。

 そして、一つの解答を告げた。


「……あなたは、メアリー・ホープキンではありませんか? 伝説の勇者の一行の一人であり、錬金術の才能に秀でた……とされる、英雄の一人では?」


 ニヤリ、と女性は笑った。

 まるで、その言葉を待ち構えていたかのように。


「……ご明察! わたしは、メアリー・ホープキン。きみの言っている通り、かつて勇者と一緒に世界を救ったうちの一人だよ。ま、今はこんなところでのんびり余生を送っているのだけれどね」

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