第10話 別離
衝撃があった。
目を覚ましたレーデッドは、それは襲撃によるものだと直ぐに察知した。
「何だ!」
急いで部屋を出ると、ライラと出会う。
「ライラ。いったい何を……」
「ちょっと待って。何でこっちが犯人扱いされないといけないのかな? 普通に考えて、わたし達がここを襲撃するメリットはないだろう? だって、もう手に入れているのだし」
「それじゃあ、いったい——」
「そんなことを言っている場合か!」
起きてきたのは、フィードだ。
それぞれ別の部屋で眠っていたから、致し方ない——とはいえ、ここまで揃えば、後は誰が居ないのかぐらいは容易に想像がついた。
「姉さんは……?」
「とにかく、急ぎましょう。何かあったのか、確かめないといけない」
ライラの言葉に全員が同意し、衝撃があった——その原因を探しに向かった。
◇◇◇
身体が、軽い。
ミリアが最初に思ったのは、それだった。
ふわふわと浮いているような、そんな感覚すら陥っていた。
地面が……低い?
「地面が低いんじゃない……。浮いている、わたしが?」
ばさっ、ばさっ。
漸くではあるが、そこで背後から聞こえる音に気がついた。
鳥が翼をはためかせているかのような——そんな音。
しかし、それは違った。
鳥ではなく——その翼は、自らの背に生えていた。
「……えっ?」
(力が欲しい、と望んだだろう?)
頭の中に、声が響く。
それは、自分の部屋にあった卵から聞こえた声だ。
「……これ、いったいどういうこと……」
(未だ、分からないのか? 眼下を見れば、厭でも現実を見ることになるのだろうが……)
言われたとおりに、下を見る。
そこにあったのは、一部が破壊された家屋だった。
そうして、その家屋は——。
「あれは……、さっきまでわたしが寝ていたはずの宿?」
(そうだ。おまえは、力を欲しいと望んだ。そうして、願望機がそれを叶えた)
「願望……機、」
卵は、大事なことを言わなかった。
言おうとしたのでもなく、敢えて隠したと言っても良いだろう。
彼女の身体は、浅黒くなっていた。翼も生えて、髪は紅蓮のような赤に染まり、目も赤くなっている。服という概念は消失し、しかしながらドレスのように肌がオレンジに変わっている箇所がある。
今の彼女は、人間とは程遠い姿と化していた。
◇◇◇
「酷い……」
衝撃の発生源、それはミリアが寝ていた部屋だった。部屋は完全に跡形もなく崩壊している。
しかし、死体は見つからない。
もし木っ端みじんに破壊しているのであれば、見つかるはずの——死体が。
血飛沫すらも見つからない。
その状況に、直ぐ違和感を覚えた。
「……姉さんは、生きているのか?」
「レーデッド。幾ら何でも流石に……」
「血の跡も、何も見つからない」
「……何だって?」
「…………あれ」
フィードが、天井を指さした。
いや、天井というよりは、それが破壊されてしまったために、空の上——とでも言えば良いのかもしれない。
「フィード。いったい何を——」
ライラが質問をしようとして、その言葉は途中で停止した。停止、せざるを得なかった。
「……あれは」
浮かんでいたのは、異形——いや、ミリアだった。
しかしながら、彼らにとってはそれがミリアであることなど、分かっていない。
「あいつが、殺したのか……!」
フィードは、即座に目を閉じて——頭の中で魔術を唱える。
そして、手を異形の方へ向ける。
刹那、フィードの手から、雷が走っていく。
目標は、紛れもなく異形だ。
しかし、異形はスライドするように、雷を避けていく。
「素早い……!」
「何だ、あいつは……」
ライラは考え、やがて一つの結論を出す。
「もしかして、目覚めたのか……? 存在してはいけない、存在するはずのない、あれが……」
「ライラ、知っているのか?」
「メタモルフォーズ」
ライラは、一言だけ告げる。
「メタモルフォーズ……」
「かつて、世界を滅ぼそうとした存在。その存在は、世界の澱。世界が発展していく上で出来ていった、バグやエラー」
「……生物なのか? あれは」
「一応、そう言われている」
メタモルフォーズは、ライラ達を見下ろしている。
しかしながら、そのメタモルフォーズはミリアが変貌を遂げた姿であり——今の彼女達はそうであると判別することは敵わない。
「メタモルフォーズ……」
レーデッドが一歩前に出る。
「危ないわよ、レーデッド」
ライラの言葉を聞いてもなお、退くことはしなかった。
そして、レーデッドは数瞬の沈黙の後、言葉を紡いだ。
「……姉さんを、何処にやったんだ」
「違う。レーデッド、違うのよ……」
(声は、届かないよ。幾ら話そうとしたって、無駄だ)
脳内に声が響く。
現に、ミリアが何を言ったところで、レーデッド達には届いていない。
そして、レーデッド達からしてみれば、消えてしまったミリアと突如現れた異形を結びつけることなどしないだろう。破壊されてしまった部屋を目の当たりにしたのなら、猶更だ。
「……返せよ」
「レーデッド、何を言っても——」
「返せよ、姉さんを!」
ミリアは、それを聞いて——これ以上ここに居ても無駄だと悟った。
いや、それ以上に、自分が自分でなくなっていくような——そんな感覚を感じていた。
「……これ以上、ここに居ては」
(そうだ。きみの居場所はここにはない。今は、逃げるべきだよ。死にたくないのなら、ね)
「……」
考える余裕はなかった。
これ以上、攻撃を加えられるのは、ミリアにとっても不味い。
それに、彼女の心に起きている変化——それについても考えなくてはならなかった。
「……ごめんなさい、レーデッド。また、いつか」
彼女は、別れの言葉を告げる。
さりとて、それを言ったところで——レーデッド達には、一文字も届くことはないのだが。
「……逃げていったな」
異形の姿が見えなくなってから、ライラが漸く口を開いた。
「メタモルフォーズは……、既に居なくなったはずじゃないのか? 予言の勇者が、完全に破壊したと……」
「それは、間違いないはず。けれど、今目の前に居たのは紛れもなく——」
「——メタモルフォーズだった、ね。とにかく、先ずは一度話を整理しないといけないだろう。ミリア・アドバリーが行方不明になったことについても、ある程度の目算を立てないといけないだろうし」
フィードの言葉に従い、一先ずレーデッド達は部屋を後にすることとした。
「あいつ……。絶対に許さない」
すれ違いにも近い遺恨を、残したまま。
◇◇◇
白い空間に、何かが浮いている。
球体だ。そして、その球体に誰かが横たわっている。或いは、球体に身を委ねている、とでも言えば良いだろうか。
目を覚ましたのか、ゆっくりと起き上がる。
「……世界に大きなうねりが起きようとしているよ」
気付けば、白い空間にもう一人。白い修道服を身に纏い、その顔はフードで隠れていた。
彼女——とでも言えば良いか。
柔和な笑みを湛えたまま、ゆっくりと球体に近づいている。
「あれから、どれぐらい眠っていた?」
「さあね。教えてあげても良いけれど、いきなりパニックに陥られても困る。いずれにせよ、長い時間が経過しているのは間違いないね」
「そう。でも、ぼくを起こしたのは理由があるのだろう?」
「……勇者一行の才能が、揃ったと言えば?」
球体から降り立ち、肩や腕を鳴らしながらゆっくりと歩き出す。
その歩調は少し覚束ないものだったが、それが長い眠りに就いていたことを物語っていた。
「成る程。ぼくを起こしたのも分かる。では、動くか?」
「未だだね。先ずは、それに伴う準備をしていかないと。大変なんだよ? 未来を見ることが出来るからって、それは放っておいても実現するものじゃない。そういう結果になるように、こちらがお膳立てしなければいけないんだから」
「オール・アイも、大変だな」
「それ、大変と思って言っているのかね?」
二人の会話は終了する。
世界の、何処とも定義されないような場所で。
しかしながら、それが世界のうねりの、小さな小さな根源であることは——世界の人間誰も分からないことであった。
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