1人だけ幸せな女

日月香葉

B side

『わぁ!皆久しぶりー!元気ー?」


その声を聞いた瞬間、各々反応はさまざまだった。


あからさまに離れていく人もいれば


『あ!A子久しぶりー!』


などと調子を合わせる人もいる。


私はどちらにも共感できないので、その場で黙って立っていた。


A子が空気を読んだのかどうかは知らないけど、周りに誰もいない私のところに来た。


「A子。久しぶり。元気そうだね。」


私から話かけた。その方が無駄に話が長くならなくて済むから。


『元気だよ!B子も元気そうだね!それになんか大人っぽくなったね!』


「うーん、まぁ元気でもないけど。」


これは嘘。私は、実は結構元気だ。


何故なら、大学に入ってすぐ、人生初の彼氏ができたからだ。


今は私の人生の中で最高に幸せだ。


だから、正直今日も手伝いなんてすっぽかして彼氏と一緒にいたかった。


どうせ部活のメンバーには嫌われているし。


これは、決して私の被害妄想なんかじゃない。


現役時代の私は、本当に性格が悪かったと自覚している。


あ、それにはまず、部活の話をしないとだ。


私が卒業した高校は、全国的に有名な吹奏楽の名門校で、部員は1学年50名以上いる。


今日は、私達の後輩が出演する定期演奏会の日で、会場が1500人入る大型のホールの為、この春に卒業したばかりの私達がスタッフに呼ばれている。


そんな名門校の吹奏楽部だから、それなりに厳しくて、現役の頃は皆ピリピリしていた。


当の私も、大して上手い訳でもないのにずっとピリピリしてて、言うことだけは辛辣で偉そうで、本当性格悪かったなって思う。


多分、考えすぎじゃないと思う。


だから、A子くらいしか話かけてこない。


そして、私はこのA子が苦手だ。


理由は簡単。媚びるから。


男にはもちろん、女にも。


まぁいいや。私の今日のポジションはドア係。A子は受付だから基本顔を合わせることはないし。


ドア係なら他の誰ともほとんど関わらないし、私は1人でいても全然平気だから。


それに、仕事が終わったら彼氏と会えるし。


彼氏は今日はバイトで、たまたまこのホールの近くにいる。


問題があるとすれば、私の方が2時間くらい早く終わってしまうことくらいか。


暇つぶしが苦手な私にはちょっと大変だけど、でもまぁ、会えるならいい。




全員が集まったら、簡単にミーティングをして、一度解散。ドア係は2階のロビーに集合した。


ここでもそれぞれのポジションの確認をしただけで解散。


まぁ、他に言うこともないし。


私は、3階席の1番端に追いやられた。内側と外側に1人ずつ付く。


私はホールの外側になった。外側だと演奏も聴けないのでほんと退屈。


内側には同じ楽器だった男子が付いてた。


これにはちょっとだけ助けられた。


無駄に話さなくて良いからだ。




仕事中も本当に退屈な時間だったけど、これもOB OGの役目だと思えば仕方ない。


私の現役時代にも、先輩達にお願いしていた訳だし。


本当、こういうことを考えられるようになっただけでも丸くなったなと自分で思う。


現役時代、同級生や後輩に浴びせた罵声や荒れ果てた態度を思えば。


おかげで今も嫌われたままだけど、もしかしたらこう言う機会で何度か会ううちに友達になれるかも、と思う。


荒れてたのなんて、皆お互い様だし。多分、どこかで皆大人になるんだと思う。


私は、たまたま皆より早く大人になる機会を彼氏にもらっただけ。


皆いつかは、私みたいに“お互い様”って思えるようになると思う。




退屈な時間もなんとか終わって、また集合場所へ。


私は、また1人で立っていた。


すると、またA子がやってきた。


あんた、友達いないの?


『B子、お疲れー!』


「あぁ、お疲れー」


いつも幸せそうでなによりですわ。


なんとなくの流れでA子と帰ることになった。


『皆元気そうでよかったね!』


あんたはいつも元気でしょ。


「そうだね。A子も、元気そうだし」


とか言ってみる。機嫌が良くなれば、お茶くらい誘ってくるかも。


暇つぶしにはちょうどいい。


終わったら彼氏に会える。今日は、泊まりだし。


あぁやばい、早く会いたい。


『ねぇ、せっかくだからお茶して行こうよ!打ち上げ』


ほらきた。わかりやす。


「あ、あぁ、そうだね。』


これで暇つぶしには困らなそう。


A子はほっといても勝手に喋ってるから、私は適当に相槌打ちながら彼氏とのことを想像してればいい。


あぁ、幸せ。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る