第40話 崩壊

その後、清水が打つのを眺めて待っていると……。


「うん、大体わかったわ」


「おっ、そうか。確かに様になってきたな」


「それじゃ、勝負をしましょ」


「はい? いやいや、俺と清水じゃ勝負にならんだろ」


「むぅ、そんなのやってみなきゃわからないじゃない」


そう言って頬を膨らませて、子供みたいな顔をしてくる。

へぇ、こんな顔もするんだな。

そして、相変わらず負けず嫌いってわけだ。


「ほう? 泣き面を描いても知らないぞ? 俺は手加減とか嫌いなんでね」


「当たり前よ、そんなことしたら許さないから」


「んじゃ、始めるとするか。最初のショットは俺が打つとしよう」


キューを構えて軽めに打ってボールを散らす。

手加減をしないとは言ったが、最初のショットで狙うような真似はしない。

うまい具合に散ったし、これなら清水もやりやすいだろう。


「ほら、次は清水の番だ」


「よし、負けないわよ」


普段のお淑やかさとはかけ離れた雰囲気で、キューを構えて——打つ!


「おっ、当たったな」


「でも、入らなかったわ」


「いやいや、当てるだけ上等だよ」


時間がないので、俺もすぐに構えて打つ。

すると、あっさりと一番がポケットに入る。

一瞬、しまったと思い清水の方を見ると……案の定、仏頂面をしていた。


「……」


「……そんなに睨むなって」


「に、睨んでなんかないわよ」


「やっぱり、手加減するか?」


「そんなことしたらキューで殴るわ」


「それはやめい……んじゃ、本気でやりますか」


その後、ゲームを続けるが……俺が次々とボールを落としていく。

清水も落とすことはできたが、何ゲームやっても俺が勝利し続ける。


「な、なあ、そろそろ他の……」


「お願い! もう一回だけ!」


「くく……わかったよ」


両手を合わして言ってくる様は素直で可愛かった。

なので、もう一回だけチャンスをあげて見守っていると……二番のボールを落とそうとして、清水が九番のボールを落としてしまう。


「あれ? この場合、どうなるの?」


「……清水の勝ちだな。先に九番に当たったらダメだが、二番のボールが九番に当たって入ったからセーフだ。そして、ナインボールは九番を落とした者が勝ちとなるって言ったろ?」


「……勝った? や、やったぁ! 勝ったわ!」


「ったく、滅多にないことなんだが。狙ってやったならともかく」


「ふふん、悔しい?」


そう言い、ドヤ顔をしてくる。

可愛いが、なんだか腹が立ってきた。

久しく忘れてたけど……そういや、俺も負けず嫌いだったな。


「はっ、さっきまで全敗してた奴の台詞とは思えねえな」


「うっ……最後に勝った者が勝利なのよ」


「ほう? それじゃ、次のやつで決着つけるか」


「望むところよ」


ひとまず休憩スペースに行き、ドリンクを買って飲む。


「まさか、ビリヤードに一時間半以上使うとは思ってなかった」


「仕方ないじゃない……楽しかったんだから」


「まあ、それならいいが。んで、次は何かしたい?」


「うーん、ゴーカートとか? あれなら、そんなに長時間やらないだろうし」


「はいよ。んじゃ、飲んだら行くか」


休憩を終えたら場所を移動し、すぐに順番がやってくる。

これは何回もできないので、一回勝負とした。








……結果からいうと、散々だった。


清水の名誉のために詳細を省くことにする。


ただ一つ言えることは……こいつに免許を取らせてはいけない。


「ひ、酷い目にあったわ。まさか、運転があんなに難しいなんて」


「あちこちにぶつかってたな……お前、絶対に免許は取るなよ」


「むっ……そしたら、どうしたらいいのよ?」


「そりゃ、運転が上手い彼氏でも見つけるんだな」


清水なら引く手数多だろうし。

こっちの本性が良いって奴も、きっといるだろうしな。


「……貴方、上手かったわ」


「あん? なんて言った?」


「な、なんでもない! それより、もう時間がないわ」


「あと、四十分ってところか。最後は何する? 勝負ごとがいいんだろ?」


「そうね……バトミントンがしたいわ」


「了解。んじゃ、やるとしますか」


場所が空いていたので、早速コートを挟んでラリーを開始する。

やはり運動神経は悪くないのか、的確に返してくる。


「よっと……こっちも、初めてにしては上手いもんだ」


「えいっ……これでも、小さい頃はスポーツ少女だったのよ。ちょっとビリヤードは別だけど」


「今はお淑やかな印象があるな……学校に限っての話だが」


「イメージを守るのも大変なのよっ……みんな、好き勝手に私の中身を決めてくるから。そうじゃないと、きっと文句を言ってくる人がいるもの。こんな人だと思わなかったとか、イメージと違うとか言って……嫌になるわ」


次第にシャトルの勢いが増していく。

どうやら、感情を込めて打っているらしい。

まあ、ストレス発散だから良いのか。


「個人的には好きにすれば良いと思うが」


「えっ? そんなことしたら、嫌われちゃうじゃない……!」


「お前のことをよくわかってない連中に嫌われて困ることあるのか?」


「なっ……! 貴方は良いわよね、他人にどう思われても強いし……私は、そんなに強くないもの」


「別に強くないし。それに、連中だってある意味でお前に騙されている。本当の姿を見せずに、勝手に嫌われると思ってるだけだろ。もしかしたら、気にしない奴もいるかもしれない」


「……っ〜!?」


清水の顔が憤怒に染まる。

本当なら、こんなことは言いたくない。

だが、このままずっと仮面を被っていたら……いつか壊れてしまう。

それは自分でも気づかぬうちに蓄積して……やがて、うちの母親のように崩壊する。


「う、うるさいわね! それで嫌われたらどうしてくれるの!? また虐められたら!?」


「そんな奴は俺がぶっ飛ばす」


「ふぇ?」


清水のシャトルが空を切り、ぽとりと落ちる。

その表情は目が点になり、驚いているようだ。

今日一日で、色々な顔が出てくるな。


「おっ、落としたな。つまりは、俺の勝ちってわけだ」


「い、今のはノーカンよ! それより……なんて言ったの?」


「もし清水が耐えきれなくなったら好きにすればいい。それで文句を言う奴は、俺が叩き潰す。当然、理想を押し付けた相手も悪いしな」


「っ……! な、何よ……何なのよ」


「何って友達だが?」


「も、もう! いいから続き!」


「へいへい、わかったよ」


そして、時間ギリギリまでラリーを続けるのだった。


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