第19話 帰宅

 目の前ではキャンプファイヤーが燃えていた。


 その前では生徒たちが騒いだりしている。


 カレーの片付けを終えた俺は、それを遠くから見つめる。


 まるで、別の世界のことのように。


「……こんなところにいたのね」


「ん? ああ、清水か」


 イヤホンを外して振り返ると清水がいた。

 どうやら、音楽に夢中で気づいてなかったらしい。


「……隣いい?」


「好きにしな。暗くて、誰がいるかわからないだろうし」


「ん、ありがとう」


 そして、草の上に並んで座る。

 すると、清水が何やらもじもじしていた。


「……トイレなら」


「違うから」


「あっはい、すみません」


 もちろん、本気で言ったわけじゃない。

 なんか妙な緊張感があり、居たたまれなくなった。


「もう、貴方ってば……何を聞いてたの?」


「うん?ジャンヌダル○っていうビジュアル系だが」


「うそっ!? 私、ファンなの!」


「お、おう? あんまり大声出すなって」


「ご、ごめんなさい。でも、よく知ってるわね?」


「それ、そのまんま返すわ」


 正直言って、俺も世代ではない。

 叔父さんが車内で聞いているうちに、いつのまにか好きになった感じだ。

 本来ならひと世代上の人達が聞いていた曲だろう。


「し、仕方ないじゃない。お母さんが好きだったから……ただ、歌ったことはないけど」


「まじか……カラオケとかはいかないのか?」


「行ったことないわ」


「でも、めちゃくちゃ誘われるだろ? 聖女様なわけだし、あと打ち上げとか」


「そういうのは全て断ってるわ。門限が厳しいとか言ってね」


「なるほど……理由も聖女様っぽいな」


「ふふ、でしょ?」


 むしろ、イメージ的にはプラスに働くかもしれない。

 流石は腹黒聖女様ってわけか。


「やれやれ、怖い女だ」


「それより……私もそれ聞いてもいい?」


「ん? ああ、俺のイヤホンで良ければ別にいいぞ」


 俺は片方を外し、清水に手渡す。


「か、片耳をつけるの?」


「当たり前だろ、俺だって聞きたいわ」


「そういう意味じゃなくて……わかったわよ」


 清水がつけるのを確認し、音楽を再生する。

 夜空を見上げながら、俺は音楽に集中していく。


「……私はお礼を言いに来たのに」


「何か言ったか?」


「いい曲だって言ったの……!」


「確かに、どれを聞いても良い歌ばかりだからな」


 ボーカルのハイトーンボイスが良い。

 男性でこれだけ出せる人も少ないし。

 久々にカラオケ行きたくなってきたな。


「ふふ、それには同意するわ……貴方が何も言わないなら、あれは貸しじゃなくて良いよね?」


「今度は小さくて聞こえないのだが?」


「う、うるさいわね。別になんでもない」


「相変わらず、よくわからない奴」


「それは、こっちのセリフよ」


 そんな会話をしていると、先程までの世界が変わったことに気づく。


 そうか、俺はあの輪の中に入りたかったのかもしれない。


 ……清水のおかげで、寂しい思いをせずにすんだな。






 ◇



 そして、次の日の朝……死屍累々な光景を見る。


 そこには、筋肉痛で動けない生徒で溢れかえっていた。


「い、いてぇ……結局、夜は痛くて動けんかった」


「抜け出して、女の子に会おうと思ってたのに……」


「くそっ、足が動かん」


 そんな光景が、男子旅館の入り口のあちこちで見受けられる。

 そりゃ、あんだけ歩いてはしゃぎ回ったらそうなるわな。

 俺はのんびりしていたし、足腰強いから平気だけど。


「悟は平気か?」


「う、うん、なんとか。これも、優馬君がアドバイスしてくれたおかげだよ」


「別にストレッチのやり方とか教えただけだし。んじゃ、帰るとするか」


「そうだね、あっという間だったけど楽しかったなぁ」


「……まあ、それには同意する」


 なんだかんだ言って、俺も楽しんでいた気がする。

 これも悟や、清水のおかげだろう。

 そして、準備を済ませたら女子と合流してバスに乗る。

 天辺に行くのに登山ルートと車道ルートがあり、帰りはそのままバスに乗って帰ることができるってわけだ。


「よし、全員いるなー? いない奴は、もう一回山を降りて貰うぞー?」


「やだし!」


「足痛い!」


「なんだなんだ、情けない。それじゃ、出発するぞー」


 そして、バスが走り出す。

 ちなみに、俺の隣には変わらず清水がいる。

 俺はスマホを取り出し、文字を打ち込んでいく。


『おい、何も帰りまで一緒でなくても良いのでは?』

『あの二人を見てもそれを言える? それに、貴方がついてきたんじゃない』

『まあ、確かに……というより、連行されたのだが?』


 いち早くバスに乗って一番奥の一番端に座り、俺をガードとしておきやがった。

 おかげで、また俺へのヘイトが溜まっていく。

 まあ、悟と森川が一緒に座ってるから仕方ないが。

 かと言って、俺も悟以外が隣に座ったら気まずい。


『その方が貴方も楽でしょ? 私も楽……win-winってやつね」

『やつって……へいへい、わかったよ』


 そこでラリーを終わりにして、俺は周りの声に耳を傾ける。

 すると、ほとんどの連中が寝息を立てていた。

 それこそ、さっきまで話してた悟や森川も。


「これなら別に、席は何処でも良かったんじゃね?」


「………」


「聞いて……っ!?」


 次の瞬間、俺の肩に清水の顔がコテンと寄りかかる。

 その際に、サラサラした傷みのない黒髪から甘い香りが漂う。


「……すぅ」


「ね、寝てやがる」


 こんなところを、誰かに見られたら殺される。


 俺は息を押し殺し、静かに耐える。


 当然、すぐに寝られるはずなどなかった。







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