第17話 それぞれの痛み

 ……久々に一人だな。


 そんなことを思いながら、皆の行動範囲を避けて、ひと気のない川沿いを歩いていく。


 そして丁度いい岩があったので、そこに腰をかける。


「ふぅ、この辺りなら誰にも邪魔されないだろう」


 俺はリュックの中からお茶を出して飲み、スマホをいじる。

 そこには礼二さんからの返事があった。

 上手くやったから心配するなと、そして良いところあるなと。


「別に、借りを返しただけだしな。あのままだとあいつのことだ、きっと全部に付き合うとか言いそうだったし」


 そしたら怪我も悪化して、折角の林間学校がいい思い出にならない。

 男達も責任を感じて、クラス全体が暗くなるだろうし。


「……別にクラスがどうなろうと、清水が大変だろうと関係ないって思っていたんだが」


 どうにも、スマホをいじる手が進まない。

 ここでのんびりと、小説や漫画を読もうとしていたのに。


「……一人って静かなんだな」


 中学の頃の俺は、ずっと誰かと一緒につるんでいた。

 それこそ、親友である和也とか。

 でも、母親が倒れてからは辞めた。

 真っ直ぐ家に帰るか、バイトして金を稼ぐか。


「とてもじゃないが、遊びという気にはなれなかったな」


 その間にも、母親は病院でリハビリを頑張っていた。

 じいちゃんも働き出したし、妹も料理などを頑張って覚えていた。

 そんな中、俺だけが遊んでる場合じゃない。


「……久しく、カラオケとかボーリング行ってねえな」


 ストレスがないといったら嘘になる。

 どうして、自分はこんなに大変なのだと思うことも。

 他のみんなは、普通の高校生らしい生活をしてるのに。


「別に母さんを恨んでもないし、親父のことも仕方ないとはわかってるけどな」


 ただ、普通の高校生生活ってやつを送ってみたかったのは……否定できない。

 これから妹も高校受験、俺も大学、じいちゃんも歳だ。


「んなこと考えてる場合じゃないよな」


 俺は遠くに聞こえる同級生達の声が聞こえないように、川の流れに耳を傾けるのだった。






 ◇



 ……また借りを作っちゃった。


 ここにきてから、たくさん助けてもらった。


 班決め、忘れ物、足をくじいた時……ほんとに優しい人、だけど不器用な人。


「先生、どうしたんですか?」


「ん? ……ちょっと、こっち来れるか?」


「は、はい?」


「安心しろ、教師専用の待合室に行くだけだ」


 そして大人しくついていくと、とある広めの小屋に入る。

 そこには先生が何人かいて、連絡を取ったり、作業をしたりしていた。

 そんな中、一番端っこの席に案内される。


「ここ、私が入ってもいいんですか?」


「清水なら誰も文句言わんだろ。ここには生徒は入ってこないから安心していい。ここで話す分には、あっちにもほとんど聞こえないし」


「……ありがとうございます」


 流石に先生達は、私の家の事情をある程度知っている。

 実の母親がいないこと、父親もいるけど一人暮らしをしていることなど。

 猫をかぶってることは、流石にバラしてないけどね。


「いや、こっちこそ負担かけてばかりですまん。本当は、生徒に頼るのはどうかと思うんだが」


「いえ、私は楽しくやってるから大丈夫ですよ。確かに、面倒だなって時もありますけど」


 これは嘘じゃない。

 生徒会の仕事があれば、一人の家にいる時間も減る。

 必要とされるのは嬉しいし、自分がいて良いんだって思えるから。


「そういってくれると助かる。ったく、どいつもこいつも……本人は絶対に言わないし、俺が言ったら怒るだろうなぁ」


「えっと、なんの話ですか?」


「いや、実はな……」


 そして、私は知った。

 男子達に囲まれた私をみかねて、逢沢君が助けてくれたことを。

 しかも、私には何も言わないで。


「……逢沢君」


「つまり、用事は特にない。というわけで、ここでゆっくり休んでいけ」


「ありがとうございます。ただ、どうして連絡先を?」


「ん? そうなるよなぁ……まあ、いいか。俺も、あいつには学校生活を楽しんで欲しいし。実は昔からの知り合いでな、あいつが幼稚園の頃から知ってるんだよ。正確には、あいつの親御さんと仲が良かったんだ」


「あっ、そういうことだったんですね」


「あいつにも、色々あってな……清水、お前も無理はするなよ」


「……わかりました」


 どうやら、逢沢君にも何か訳がありそう。


 ただ、それより……真相を聞いてから、私の心臓の鼓動がおかしい。


 この痛みは……一体なんだろう?

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