第15話 登山にて
昼食を済ませたら、山登りが再開する。
流石に皆疲れてきたのか、前の方からも会話が減ってきた。
当然、俺は平気だが……俺は明らかに疲れてきてる悟に近づく。
ちなみに森川は意外と体力があるらしく、少し前の方を清水と歩いている。
「悟、平気か?」
「う、うん、なんとか……女の子より弱いのはショックだね」
「悟はインドアだしな。あの子は違うのか?」
「インドアではあるけど、グッズを買うために店をハシゴしたり、バイトのお金で遠征とかするみたい」
「ああ、なるほど。そうなると、結構体力がいるわな」
どうやら、見た目とは違ってタフらしい。
ほんと、人っていうのは接しないと分からない。
「うん、そうだよね。僕も体力つけた方がいいかなぁ」
「なんだ? 出かける約束でもしたか?」
「う、うん、社交辞令かもしれないけど」
「そういうタイプには見えないが。まあ、どっちしろ良いことだ」
悟は優しくて良いやつだ。
自分が悪口を言われても、人の悪口を言わないし。
「ぼ、僕みたいのがそんなことして良いのかわからないけど」
「別に良いだろ。一度きりの高校生活だし、誰にだって楽しむ権利は……」
「優馬君?」
「いや、なんでもない」
なにを人に偉そうに言ってるんだ。
俺が、普段から言われてることじゃねえか。
……俺も楽しんで良いのだろうか?
◇
そんな会話をしつつ、歩いていると……。
「あっ!」
「あぶない……間に合った」
「す、すみません!」
「ううん、段差には気をつけようね」
どうやら、森川が段差に躓いたらしい。
それを清水が咄嗟に腕を取って回避したのか。
それを見ていた悟が、慌てて駆け寄る。
さっきまで、一歩も動けないみたいな顔をしてたのに……すごいな。
「だ、大丈夫!?」
「へ、平気、清水さんが支えてくれたから」
「そ、そっか」
「ふふ、あとは河合くんにお願いするね」
そうして、入れ替わるように俺の隣にやってくる。
そして、再び歩き出す。
悟も頑張って、森川と一緒に登っていく。
「あと、どれくらいだ?」
「えっと……もうすぐよ。あと、三十分くらいかな」
「んじゃ、悟も保ちそうだな」
「ふふ、友達思いなのね? 随分と励ましてたけど」
「どうやら、カッコ悪いところを見せたくないみたいでな」
「……そういうことね」
俺と清水は前を歩く二人を、微笑まして見守るのだった。
そして、さらに歩くこと十分くらいで……俺はあることに気づく。
というより、少し前から確信していた。
「悟ー! 靴紐ほどけたから少し先に行っててくれ!」
「うん! わかった!」
「じゃあ、私は待ってるわ」
俺はなるべく時間が稼げるように、ゆっくりと靴紐を結び直す。
よし、これで悟たちとの距離ができたな。
「大丈夫? 随分と時間かかってるけど……」
「それはこっちのセリフだ——いつから足が痛い?」
「……どうしてわかったの?」
「こう見えて中学時代は武道もやっていたからな。歩き方や庇い方で、大体はわかる。やっぱり、さっき森川を庇った時か?」
俺は剣道をずっとやってきたから、足の動きには敏感だ。
それに母さんは足が悪いので、それを庇う歩き方をしてる人はすぐにわかる。
そして大した怪我じゃなく見えても、後で悪化した例も知ってる。
「……そうよ。ただ、少し足をくじいただけだから平気」
「そういうのが一番危ないんだよ。ほら、見せてみろ」
「……随分と強引なのね。その、変なことしない?」
「するかよ」
「ご、ごめんなさい……これでいい?」
清水が恐る恐る靴下を脱いで出した足を観察する。
見たところ腫れてはいないが、中はどうだろう。
「少し触ってもいいか?」
「う、うん」
「これで……」
「っ……!?」
「なるほど、少し捻ってるな。ちょっと待ってろ」
少し足首を動かしたら、清水の顔が強張った。
なのでリュックからテーピングを出して、患部らしき場所に巻き付ける。
「これでよしと。ひとまず、応急処置でしかないが」
「あ、ありがとう……随分と準備がいいのね」
「まあ、こういうのに怪我は付き物だしな。後は、さっきも言ったが昔の名残だ。ほら、ゆっくり歩くぞ。今なら誰もいないから肩を貸してもいいし。どうせ、森川には知られたくなったんだろ?」
「う、うん……なんなのよ……なんでわかるのよ」
俺は下を向いてぶつくさ呟いてる清水に肩を貸し、残りの山道を登っていくのだった。
別に大したことじゃない。
我慢して人を気遣う人を、ずっと側で見てきたから。
……当時は何も気づかない馬鹿だったけどな。
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