第13話 林間学校当日

 それから一週間は特に問題なく終わり、林間学校当日の朝を迎える。


 俺は眠い目をこすり、朝食のテーブルにつく。


「ふぁ……」


「お兄ちゃん、平気?」


「ああ、平気だよ。少し勉強してただけだ。ゴールデンウィーク終われば、すぐに中間試験だしな」


 ギリギリまでバイトができるように、出来れば推薦を受けたい。

 そのためには五月の中間試験が大事になってくる。

 三年の夏までに、う平均値を上げておかないと。


「優馬、無理はいかんよ」


「じいちゃん、わかってるよ。身体が資本でしょ?」


「ああ、そうだ。わしもそうだが、明子もそれで身体を壊したことを忘れてはいかん」


「……そうだね、無理はしないって約束する」


「うむ、なら良い」


「お兄ちゃんまで倒れたら嫌だよ?」


「ああ、平気だから心配すんな」


 じいちゃんも働きすぎて腰をやったり、母さんも頑張りすぎて身体を壊した。

 俺も若いとはいえ、無理をして倒れたら本末転倒だ。

 ……少し、生活を見直すか対策を考えるか。

 妹にこれ以上心配をかけるのは嫌だしな。





 ◇



 そして、朝の八時に教室に入りホームルームが始まる。


当然、全員学校の青いジャージに着替えている。


「よーし、全員揃ってるな? 知っての通り、今回は山登りをする。ここからバスに乗って一時間半くらいで到着して、そこから山に登る。途中の休憩所でお弁当を食べたら、また登っていく。頂上まで着いたら休憩とオリエンテーションの後に、夕食作りを始めるそうだ」


「この歳になって林間学校かよー」


「というか、山登りとかだるい」


「もっと遊べるところがいいし」


 そんなやる気のない声が、あちこちから聞こえてくる。

 班決めの時はテンションが上がっていたが、行き先が決まった途端にこれである。

 確かに高校生なってやることも珍しいし、それが山登りともなれば無理もない。


「おいおい、たまにはそういうことも必要だぞ? 最近は建物の中で遊んで自然を感じない奴が多い。それも含めて、今回は山登りだそうだ」


「うーん、でもなぁ……」


「いまいち、やる気が出ないというか……」


「おやおや、良いのか? 俺、実は頼りになるんだってところを見せるチャンスだぞ? 疲れてる女の子に手を差し伸べたり……女子なら、料理をささっと作って気になる男子に褒めてもらうとか」


 その台詞に、教室の空気が少し変わる。

 みんな、ちょっと良いかもとざわつき始めた。


「それに夜にはキャンプファイヤーもある。先生も、そこまでうるさいことは言わん。もしかしたら、良いことがあるかもしれない。流石に泊まるところは別だが、消灯時間までは割と自由にするつもりだ」


「お、おお……」


「そう聞くと楽しくなってきたかも……」


 文句を言っていたクラスの一部の目の色が変わる。

 相変わらず、人を乗せるのが上手い。

 まあ、俺みたいな元々目立たない奴には、正直言ってどっちでも良い。

 無難にこなして、平穏無事に過ごせればな。




 ◇



 ……だというのに、どうしてこうなった?

 一番後ろの端っこの席は良い。

 目立たないし、窓から景色を眺めてれば良いし。

 しかし、隣に清水が座るのは予想外である。


「逢沢君、よろしくね!」


「……はい、よろしくです」


「……めちゃくちゃ態度悪いわよ?」


「……ほっとけ」


 騒音の中こそっと言われたが、俺としては不服であるから仕方ない。

 のんびりしようと思ったのに、聖女様が隣に来てしまった。

 おかげで、男子からのヘイトを買ってます。

 これもそれも、悟のせいだ。

 いや、別に責めはしないが……俺は反対側にいる二人に目を向ける。


「あのさ、これとかも面白くて……」


「そ、そうなんだ? ほぇー、絵が綺麗」


「でしょ? これも面白くてさ」


「あっ、これ知ってます」


 もう一人の女子のペアが、森川加奈子。

 身長も小さいし、眼鏡をかけたあまり目立たない地味な女の子だ。

 清水が余っていたので声をかけたらしい。

 それは良いのだがオタク趣味が合うらしく、先週の顔合わせ以降……悟と仲良くなってしまった。

 なので、本来なら俺の隣には悟が座るはずだったのにこういうことに。


「逢沢君、私達もお話ししよ?」


「……はは、そうですね」


 すると、清水からLINEが届く。


『ちょっと、少しは話してよ』

『シラフのお前と、何を話せっていうんだよ? こちとら、友達は取られるは、男子からヘイト買うは良いことない』

『シラフって言わないでよ。普通に会話するだけで良いんだから。じゃないと私だって退屈よ。借りがあることを忘れたの?』

『それを言われると弱い……小粋なジョークを織り交ぜて会話しろってか』

『別に普通で良いわよ。それこそ、アニメとか漫画でも良いし。私におススメとか教えたり』

『それなら時間も稼げるし、沈黙しても変じゃないか。わかった、それで行こう』


 俺達が気まずそうにしてると、悟達も気を使うだろうし。


「ねえねえ、逢沢君。何かオススメの漫画あるかな?」


「そうだなぁ……それならこれがいいと思うよ」


 俺は諦めて、隣に座る聖女様と会話をする。


なんだ、この二人の嘘くさいトーンは……笑いそうになる。


 ちなみに、笑いそうになる度に睨まれるのだった。







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