呪われた村

 僕――筑摩つくま翔癸しょうきの生まれ故郷の村には、因縁が渦巻いていた。

 それは、もしかすると、因縁ではなく、怨念なのかもしれない――


 僕にはその正体が、人間が生み出したものなのか、それとも、人間を操る、人間を超えた存在なのかが分からなかった。



 とにかく、たしかなことは、この村は普通ではなく、異常だ、ということである。


 いや、もっとハッキリ言おう。



――この村は呪われている。



 人口わずか二千人ほどしかいない小さな村では、僕が物心つく前から、物騒なことが立て続けに起きていたらしい。


 僕が生まれる二十年前には、村の青年が連続強姦魔となり、犯行の隠蔽のため、わずか四十日間で四人の少女を殺害するという事件があった。


 僕が生まれる前年には、夫婦喧嘩の果てに、妻が夫を殺害し、その死体をバラバラにして川に流したことがあった。



 僕の物心がついてからも、僕の家の三件隣の民家が燃え、それが快楽目的の放火犯の仕業だということが分かったり、村役場での横領騒ぎから発展し、村長とその秘書が一緒に首を吊ったり、ということがあった。



 繰り返すが、人口わずか二千人程度の村である。犯罪発生率が高い、という統計上の説明では収まりきらない何かがこの町にはあるのである。



 そして、その行く果てにあったのが、毒蛇女の事件である。


 日本犯罪史に堂々と名を残すことになったこの巨悪事件は、まさに僕の目の前で起きた。


 当時、僕は六歳。小学校では、ひらがなと、足し算引き算を習っていた。



 亡くなった六人――しかも、いずれも僕がよく知っている人たち――がいる手前、不謹慎になってしまうのかもしれないが、僕は運が良かった。



 異変が覚知され、豚汁の配布が中止になったのは、僕が豚汁をもらう直前だったのである。正確に言うと、僕のひとり前に並んでいた人のところで、配布が止まった。僕のふたり前に並んでいた人は、買った豚汁を口にし、激しい嘔吐の末、病院に運ばれ、三日後、命を落としている。



 当初は食中毒が疑われたのだが、警察による鑑定の結果、豚汁からは致死量を超えるヒ素が検出された。


 ヒ素は自然界にあるものであり、海藻や井戸水に含まれることもあるらしい。


 しかし、豚汁から発見されたヒ素は、自然由来では到底ありえない量である。


 誰かが、人為的に、ヒ素を混入させたことが明らかだった。



 人為的な犯行――本当にそうだろうか。



 僕は、事件当時から疑問に思っていた。



 豚汁への毒の混入は、本当に人間の所業なのだろうか――



 僕は、僕の目の前で繰り広げられた、まさに地獄としか言いようのない光景を、ずっと忘れることができない。


 苦しみに身を捩られせる人々、嘔吐する人々、地面にのたうち回る人々、それらを見て悲鳴を上げる人々。


 これらの状況を望んで作り出すような人間が、果たしてこの世に存在しているのだろうか――



 そして、仮に人の手によるものなのだとすれば、それは明らかに無差別殺人である。



 毒の入った豚汁を飲み、そして、命を落とす村人は、犯人にとっては、誰でも良かった、ということとなる。



 そんな馬鹿げた話があるだろうか――


 そんな無慈悲な話があるだろうか――



 これは人の仕業ではなく、怨念や怨霊の仕業だと考えた方が、辻褄が合う気がするのだ。


 地震や台風などの自然災害が犠牲者を選ばないように、豚汁に毒を混入させた「何か」は被害者を選ばなかったのである。



 そして、豚汁に毒を混入させた「何か」は、目的など有さずに、ただただ村人を苦しめ、そのうち六人の命を奪ったのである。



 犯人として沓晏吉永が逮捕され、死刑判決が下され、刑が執行された今においても、僕の考えは変わらない。



 X毒豚汁事件を引き起こしたのは、J村を支配している、超自然的な「何か」なのである。


 それは、「呪い」と言って差し支えないだろう。



 吉永の死刑執行後、J村には新たな事件が起きた。



 この事件発生を受けて、村長は、日本を代表する名探偵に事件の解決を任せることにした。



 その村長の判断に、僕は疑問を呈さざるを得ない。



 おそらく今回の事件にも、犯人なんていない。


 この村に必要なのは、名探偵ではなく、お祓い師なのである。



 ゆえに、僕は、探偵バロックによる推理ショーなど、単なる茶番である、と決めつけていた。



 その僕がなぜ――



――なぜ探偵バロックの助手、いわゆる「ワトスン役」を務める羽目になったのだろうか。



 その経緯は、まさしく「ハチャメチャ」としか言いようのないものだった。

 

 

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