第104話スイーツ店ノエル
今日は帝都の中心部をコゼットさんと、ミラ様と散策している。
流石に帝国一の都市だ。かなり栄えている。
豪華な邸宅が立ち並び、噴水が水しぶきを上げている。
大聖堂がそびえ立ち、鐘の音が響き渡っている。
聖職者たちが分厚い本を持って歩いている。
衛兵が所々にいる。
俺たちが王国人だと気づいて、監視している可能性もある。
中心部には市場があり、新鮮な食材やスパイスの臭いが漂っている。
活気にあふれ、様々な人々が石畳の通路を往来している。
商人たちの商品を売り込む声が響いている。
小腹が減ってきた。
丁度近くにスイーツ店があるので、そこで軽く食事をすることにした。
店の看板にはノエルと書いてある。
入り口のドアを開けると、女性の店員が案内してくれた。
「三人様ですね? こちらへどうぞ」
店内に足を踏み入れると、甘い臭いが漂ってきた。
柔らかな照明が店内を照らしている。
モダンで洗練されたインテリアが目を引き、木目調の内装が広がっている。
壁には美しい絵画が飾ってある。
店内にいる客たちはリラックスした様子で、穏やかな時間を過ごしている。
「中々良さそうな店ね」
「ええ」
ミラ様も気に入ってる様子だ。
「ありがとうございます。その言葉を聞いたら店長が喜びます。この店のスイーツは店長の手作りなんですよ。ご注文は何になさいますか? おすすめはベイクドチーズケーキです」
俺たちはメニューを確認する。
コゼットさんの方に視線を向けると、顔色が優れない。
「コゼットさん?」
「ああ、ごめん。わたしみたいな者がこんな高級な店に来ていいものかと尻込みしてね。それに二人にごちそうになるのも悪いと思って」
この店に入る前にコゼットさんには、俺とミラ様がおごると言った。
彼女は最初断ったが、普段仲良くしてもらっているお礼だと伝えると、一緒に店に入ってくれた。
「お客様、当店は高級店ではございません。リーズナブルな商品を多数取り揃えております。お気軽にどうぞ」
「だそうだよ。気兼ねなく食べよう」
「ありがとうね。それにしても美味しそう」
俺はベイクドチーズケーキ、ミラ様はショートケーキ、コゼットさんはクレープを頼んだ。
注文品が来るまで談笑している。
「そういや、王都でスイーツ食べましたね。武闘祭の前夜祭でしたね」
「そうね。ヘクセンバイテンね。あの店のケーキは一級品よ。いくら帝都と言っても、あの店に勝るスイーツ店はないわ」
懐かしい思い出だ。
あの時はヴィルヘルムとアルベルトとエミリーがいたな。
あの時のアルベルトはおどおどしていて可愛かった。
完全に別人になってしまったな。
俺のせい……なのかな?
なんてことを考えていると、誰かが近づいてきた。
「聞き捨てならねえな」
禿げ頭で巨躯の男が近づいてきた。
この店のファンかな? 別の店を褒めてたら、この店を馬鹿にしたと勘違いされのかもしれない。
「店長、お客様の前に出てきたら駄目と言ってあるじゃないですか! 店長を怖がって、客足が遠ざかっていたのを忘れたんですか? 店長は厨房でケーキを焼いていればいいんですよ」
客じゃなくて店長なのかよ。
それに、女性店員さん、優しそうに見えて酷い言いようだな。
でも、確かにこのいかつい見た目なら客足遠のきそうだな。
「俺の店のスイーツは世界一だ。それは譲れねえ。それにヘクセンバイテンだぁ? あの店の店長とは同じ店で修行した仲だ。あいつにだけは負けられねえ!」
凄い自信だ。羨ましくなるほどの。
店長は胸を張って、こちらを見下ろしている。
「すみません。こちらの店を馬鹿にしたつもりはないんです。気分を害されたのならもうしわけないです」
俺は店長の勢いについ謝ってしまった。
俺、何かした?
「お客さん、謝らなくていいです。ほら、店長。早く厨房に戻って! 早く、早く!」
「む……悪かった。ついヘクセンバイテンの名が出て調子に乗ってしまった。すまない」
店長、素直だな。
彼は急いで厨房に戻っていく。
「ぷっ……面白い人たちだね」
コゼットさんは噴き出してしまった。
「そうだね」
変わった人たちだけど、悪い人ではないのだろう。
「お待たせしました」
商品が届いた。
甘い匂いが心地よい。
見た目からして美味しそうだ。
ゴールデンブラウンに焼き上げられた生地が食欲をそそる。
一口齧ると、濃厚でクリーミーな味わいが口中に広がった。
溶けるような滑らかさと、程よい甘さが調和している。
チーズの濃厚な味わいと、サクサクとしたクラストが絶妙にマッチしている。
「美味い!」
美味すぎてあっという間に平らげてしまった。
「そうだろう、そうだろう、俺のスイーツは世界一だ」
また店長きた。
「店長、戻ってください」
店長は女性店員さんに背中を押されている。
「待ってくれ! 客の『美味い』の言葉は俺の生きがいだ。もっと浴びさせてくれ!」
「そんなこと言ってお客様がいなくなったら、スイーツが焼けなくなるでしょ? 早く戻って、早く、早く」
店長は渋々厨房に戻っていく。
夫婦漫才かよ!
「美味しい」
ミラ様とコゼットさんの表情は幸せそうだ。
甘いものは人を幸せにするって本当なんだな。
でも、コゼットさんの表情はすぐに曇った。
「弟や妹たちに食べさせてやりたいな……持って帰ったら駄目なのかな……」
コゼットさん、優しいな。
どうなんだろ? 訊いてみようかな。
「好きだけ持って帰れ。俺のスイーツは世界中の人間に食わせるべきものだ。それだけの価値がある」
また店長きた。
女性店員さんに、また叱られるぞ。
「もう店長ったら……でも、そういう優しいところが憎めないのよね。自信過剰なところも素敵」
女性店員さんは頬を赤くする。
いやいや、そうなん? そういう関係なん?
店長も女性店員さんも断らなかったので、俺は大量にスイーツを注文した。
「わ~、こんなにいっぱいご注文ありがとうございます。さ、店長、お仕事、お仕事。早く戻って」
「お、おう。でも、もうちょっとお前らと話したかったな……」
店長はまたまた渋々厨房に戻っていった。
テーブルに載ったスイーツを平らげたし、お土産も完成したので、俺たちは帰ることにした。
「え~、お前ら帰るのかよ。もっとゆっくりしていけよ」
「ちょっと店長、お客さんが困ってるでしょ。ありがとうございました。またのお越しをお待ちしております」
「はは、また来ます」
退店する俺たちを、店長は名残惜しそうに眺めていた。
そして、女性店員さんに厨房に引きずられていた。
「あ~、美味しかった。また来たいわ」
ミラ様はご満悦のようだ。
「本当だね。それに楽しかった。ノエルでスイーツを食べたことだけじゃなくて、二人と帝都を歩けたのも楽しかった。また来てくれるかな、わたしと? わたしが何者であろうと、これからどうなってしまうとしても……」
コゼットさんの表情は急に曇ってしまった。
何か思うところでもあるのだろうか?
「ああ、いつでも」
「当然よ」
コゼットさんは何か隠している気もしたが、友達であることに変わりない。
俺たちは再び遊びに行く約束をした。
彼女が言っていた言葉の意味は気になるが。
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