ハイパーマナー市長の暴虐

ちびまるフォイ

マナー(圧)

市長がバカンスを終えて戻ってくると、

町にはやたら看板が増えていた。


【ここで立ち小便はできません】

【歩きタバコは迷惑になります】

【歩きスマホはよくないです】


「ずいぶんと看板やら標識やらが増えたなぁ」


道路には速度制限の標識が1m間隔で配置され、

注意を促す看板はそこかしこにかかれている。


市役所に戻ると市長はいましがた見てきた光景を話した。


「私がバカンスに行っている間に、

 この町はずいぶんと変わったようだが?」


「そうなんですよ市長。最近マナー違反が多くって困ってるんです」


「なんだって? うちの市はマナーが良いと有名なのに」


「それだけに引っ越してくる人が増えてきて。

 人が増えるとどうにもマナーは悪くなるんです」


「ふうむ。それは困る」


「でしょう。ですから、こちらとしても注意を促してるんですが……あんまり改善しなくって」


「え? 改善しない?」


「はい、看板や標識、ひいてはアドバルーンまで出しても

 なかなかマナーは向上しないんです。どうしたものか……」


市長は自分が見てきた看板の数々を思い出した。


「いや、原因はあるぞ」


「え!?」


「表現がマイルドすぎるのだ。

 いいか、市民というのはバカと考えろ」


「はあ」


「"やめましょう"だとか"よくないです"といっても

 まるで感想のように受け取って、自分への警告として受け取らないんだ」


「もっと強い表現にすれば?」


「そうだ。罰金をとっても構わない。

 とにかく相手の警戒心をあげるようなものじゃないと

 学のない市民には届かない。我々は動物を相手にしてるのだ」


「わ、わかりました!!」


「それと、看板の設置数も今の10倍にするんだ。

 どこを見ても注意の文字が目に入るようにな」


「はい!!」


市長の進言により町には大量の注意看板が追加された。

すでに設置済みの看板も赤黒いペイントで文字が書き換えられた。


【ここで立ち小便するな!!!】

【歩きタバコ禁止!!!!!!】

【歩きスマホするやつは殺す!】


リニューアルから数日、市長のもとに報告が飛んできた。


「市長、やりました! 町のマナーがぐっとよくなりました」


「はっはっは、効果てきめんだな」


「これでうちの町も安心ですね、市長!」


「いいや、まだまだ」


「へ?」


「いいか。マナーが暗黙のルールとして浸透したのはいいが、

 これによりまた新しい人がやってくるに違いない」


「そうかもしれませんね」


「そうなると前のように逆戻りする危険性もある。ここが正念場だ」


「ですが、これからどうしろと?」


「もっともっと増やすんだ。

 呼吸の仕方から、寝るときの姿勢まで注意を書け。

 あらゆるすべてのマナーを良くしていくんだ!」


「は、はい!!」


手を緩めることなくむしろアクセルを踏んだ市長の提案で町はさらに様変わり。


町に住む人間の数よりも看板の数のほうが何十倍も多くなり、

毎日空にはマナー向上用のテロップが映し出される。


道路には白色で注意書きがひっきりなしに書かれている。


【意味なくクラクション鳴らすな!!!】

【大声でしゃべるな!!!!!!!!!】

【横に広がって歩くな!!!!!!!!】


さらにテレビの番組は常にL字になり、注意書きのテロップが流れ続ける。


【鼻をかむときは小さな音で!!】

【くしゃみは声を抑えろ!!!!】


町でネットに繋げてしまえば、起動画面に文字が浮かび上がる。


【足を広げて座るな!!!!】

【ポイ捨てするな!!!!!】


車や電車、バスの車体には常に警告文がプリントされた。


【道につば吐くな!!!!!】

【舌打ちするな!!!!!!】

【傘を横に持つな!!!!!】


びっくりマークにびっくりしなくなるほど、

警告文は町を席巻し親の顔より市民の目にすりこまれた。


「市長! 市長!!」


「どうしたそんなにあわてて」


「成果が出ましたよ! 市民の98%がマナーを守るようになりました!」


「はっはっは。この国でもっともマナーが良い町になったぞ!」


「ますます安泰ですね」


「しかし、こうなってくると2%がきになるな。

 ここまで徹底しているのになぜマナーを守らないんだ?」


「分析によると、2%のマナーをまだ守れない人は

 若い人や一部の高齢者が多くを占めているようです」


「……なるほどな。わかったぞ」


「市長、なにがわかったんですか」


「我々はいままで"文字"による警告を多くしてきただろう?」


「ええまあ。看板や標識で文字で注意をうながしてました」


「若い奴らは文字なんぞ読まない。

 むしろ読んだところで"ルールを破れる俺ってアウトローかっけえ"と、

 自分のアピールの一環として捉えられるんだ」


「そんなもんですかねぇ。高齢者のほうは?」


「そっちも同じだ。目が弱って読めないのだろう。

 わざわざメガネを付け替えてまで、注意書きを読むのは一部の紳士だけだ」


「はあ。ではどうすれば?」


「文字に頼らない警告をするのだ! これと、これを大量に用意しろ!!」


「は、はい!!」


市長のアイデアに職員はてんやわんや。

わずか2%のマナー違反を駆逐するために職員は準備を進めた。


「し、市長、準備できました。町にスピーカー設置してきました」


「ようし、ではこれを流すのだ」


「なんですかこの音声」


「マナーの注意書きを音声にしたものだ。

 文字を読まない人間であっても、耳から入る情報は無視できまい」


「な、なるほど!」


「これを24時間365日。町のどこに居ても、橋の下にいるホームレスであっても聞こえるように大音量で流し続けるのだ!!」


「はい!! あとこちらはどうするつもりですか?」


職員が持ってきたのは大量の"こやし"だった。

多くが牛糞馬糞で構成されており悪臭が鼻につく。


「市で畑でもはじめるんですか?」


「ちがう。これをマナー向上に役立てる!」


「え?」


「立ち入り禁止のエリアにはこれをまいて匂いで人を遠のかせる。

 そして、もしマナー違反があったなら、専用の装置でこれをぶつけるのだ」


「本気ですか!?」


「文字も読まない、耳で話も聞かない。

 そんな動物にはうんちをぶつけて匂いでわからせる。

 動物のしつけと同じだ。マナーを守らない人間は人間と思うな!」


「は、はい!!」


その後、町には毎日爆音でマナーの警告がさわがれ

大通り以外の場所は悪臭で満たされ誰もよりつかなくなった。


「完璧だ! これで100%マナーを守られるぞ!!」


市長は高らかに断言した。

設置後、すぎに職員がやってきた。


「市長! 市長!! ご報告が!!」


「おお、ついにマナーが100%になったのだな!!」


「いえちがいます!」


「なんだと? それじゃなんの報告だ?」


「実は……」


職員は気まずそうにしながら答えた。





「町に毎日騒音を流し、町を悪臭だらけにし、

 町に看板を増やし続けて景観を破壊するのは

 なによりもマナー違反だと市民が訴えています」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ハイパーマナー市長の暴虐 ちびまるフォイ @firestorage

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ