火事の真相 7

「ユーイン……」


 エマは突如として目の前に現れたユーインに、瞬きも忘れて見入っていた。

 それは、エマだけではなく彼女の叔父やナイフを握り締めた執事もだった。

 ロイも目をぱちくりとさせて、ポリーは「間に合ったのかい」と笑っている。


(どういうこと? ……つまりアーサーは、ユーインを呼びに行っていたの?)


 アーサーがエマのそばに飛んできて「大丈夫だったか?」と心配そうに訊ねた。


「え、ええ……」


 まだ茫然としながら頷けば、アーサーがホッと息を吐き出す。


「だ、だ、誰だ‼ いったいどこから現れた‼」


 我に返ったのかまだ茫然としているのかわからないが、叔父が泡を食って叫んだ。

 対して、ユーインは泰然としたものだった。

 叔父を一瞥し、そして執事が握りしめているナイフに眉を顰めると、エマのもとにまっすぐに歩いてくる。


「ユーイン……」

「エマ……大丈夫? 怖かったよね」

「ええっと……」


 会いたかった。彼と別れてから、彼が恋しくて仕方がなかった。けれどそんな感情よりも驚きの方が勝って、エマは戸惑うしかなかった。

 ユーインはエマの頭をそっと撫でてから、叔父たちを振り返った。


「アンヴィル国王太子ハミルトン殿下の名代で来た。ここにいるエマはハミルトン殿下の命の恩人だ。殿下から、エマを助けるようにと厳命されている。これが証拠だ」

「アンヴィル国の、お、お、王太子殿下⁉ どういうことだ⁉ どういう……!」


 ユーインがハミルトンの書いた書状を広げて見せると、その名前にひるんだのか、叔父が後じさりして壁に背をつく。

 ユーインは大切そうに書状を折りたたんでポケットにしまうと、エマを立たせて、肩を抱き寄せた。


「ユーイン、一体どういうことなの?」


 少し冷静さが戻ってきたエマが小声で訊ねると、ユーインは片目をつむって見せた。


「君の味方は、人間界にも妖精界にも多いってことさ。……アーサー、待ちに待った報復の時間だよ」

「おうとも‼ 行くぞお前ら‼」


 アーサーの号令で、部屋中にいた大勢の妖精たちが一斉に叔父や執事に飛びかかった。

 ロイも負けじと彼らの中に加わって、叔父の足に思い切りかじりつく。


「うわああああああ‼」

「ぎゃああああああ‼」


 叔父と執事は一体何が起こっているのかわからずに、たまらず悲鳴を上げた。


「お前ら、この家の中の連中、全員眠らせるんだ‼」


 アーサーは叔父と執事の肩にかじりついてしっかりと歯型を付けた後で、先陣を切って部屋を飛び出していった。

 妖精たちが魔法で叔父と執事を眠らせて、そのあとに続く。

 あまりの勢いに、エマはぽかんとするしかなかった。

 ユーインが「妖精たちは怖いね」とくすくす笑う。


「やりすぎないといいけどねえ」


 ポリーがあきれ顔をすると、ユーインが青い小瓶を揺らしながら答えた。


「大丈夫だよ。ちゃんと計画がある」

「計画って?」


 何がどうなっているのか説明してほしいとエマがねだれば、ユーインは小瓶を見せながら、ここに来るまでのあらましを語って聞かせてくれた。


「罪は法のもとに裁かれるべきだ。そうだろう? ただその前に、腹に据えかねているアーサーたちが少し報復するくらいは目をつむってもいいんじゃないかな? 彼らの報復は、法の外にあるからね」

「……ユーイン、あなた…………」

「本当は俺も、一発殴るなり蹴とばすなりしたいところなんだけど、王太子の名代という立場上、私怨を晴らすわけにはいかないからね。アーサーたちに任せているんだ」

「私怨って……」

「俺の大切なエマを傷つけた恨みだよ。当然だろう?」

(た、大切⁉)


 その言い回しにエマは真っ赤になったが、ユーインは気がついていないようだった。

 ポリーが「そういうことなら」と笑って、気を失っている叔父のそばまで飛んでいくと、その頭を容赦なく蹴飛ばした。


「エマも殴るなり蹴るなりしておやりよ。さすがに刺すのはまずいだろうけど、女の力で殴るくらいなら死にはしないよ」

「え、ええっと……」


 確かに、叔父のことは恨んでいるし憎んでいるけど、いきなり殴れと言われると躊躇が生まれるものだ。

 躊躇いながらポリーに呼ばれて叔父に近づこうとしたとき、「きゃああああああ‼」と叔母の裂帛が響き渡った。


「…………やっぱり、やめておくわ」


 エマが手を下すまでもなく、アーサーとロイ率いる妖精軍団がしっかりと仕返ししてくれている。


 先ほどの叔父のようにアーサーに噛みつかれた叔母を想像しておかしくなったエマは、たまらずぷっと吹き出した。




     ☆




 翌朝。


 王都の中央広場には、まだ夜が明けて間もないと言うのに、大勢の人だかりができていた。

 というのも、広場の時計台の前に、男二人、女一人がひと固まりに縛り上げられていたからだ。そして彼らが「兄夫婦を殺した」「邸に火をつけた」というようなことを、まるで言葉を覚えたオウムよろしく延々としゃべっているものだから当然だった。


 彼らは、空のてっぺんに太陽が昇る前に、城からやってきた兵士たちによって引っ立てられて行ったが、牢にぶち込まれたその後も三日三晩、眠ることもなく、ずっと己の罪をしゃべり続けたという。

 ユーインがハミルトンから預かった書状の効果もてきめんで、彼らはほどなくして、前ブラットフォード伯爵夫妻と大勢の使用人の殺害および、エマの殺害未遂の罪で裁かれることとなった。


 驚くべきはそれ以外にも彼らが犯した罪が、彼ら自身の暴露によって明るみに出たことだ。

 当然のことならが伯爵の地位は没収され、彼らには死罪が言い渡された。

 前ブラットフォード伯爵の一人娘であるエマが、伯爵家の相続を断ったため、ブラットフォード伯爵家の縁戚の中から相続者を決めるまでは伯爵家はいったん王家預かりになるという。


 そしてエマは、アンヴィル国王太子ハミルトンたっての希望でアンヴィル国に正式に招かれて、王太子の命を救った恩人として、冬が明けるまでかの国で歓待を受けることとなった。




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