サラマンダーの行方 2

「おいエマ、本当によかったのか?」


 ブラクテン国の関所に一番近い大きな町で、エマはブラクテン国へ向かう支度を整えていた。

 宿で黙々と準備をするエマに、アーサーが心配そうに声をかける。

 ポリーもエマのそばに飛んできた。


「エマ、今からでも遅くないよ。ユーインを追いかけな。ユーインもそう言ってくれただろう?」

「もう決めたことだから」


 エマは二人に向かって笑って、不用品をまとめたリュックを持って宿を出た。

 旅先で買ったものを全部持ち歩いていたら、荷物がとても重たくなってしまうので、都度、不要になったものは中古屋に売り払うことにしている。

 登山で使った道具などは、もう当分使うこともなさそうなので、すべて売ってしまうことにした。

 リュックと旅行カバン、それから手さげカバンと三つも持ち歩けないからだ。

 山に登るときは近くの町や村の宿に持って行かないものを預けることができたが、さすがに国境を越えて別の国に向かうのにそれはできない。


(二人とも、わたしは大丈夫なのに)


 ユーインとは四日前に別れた。

 朝に山を下りて、村に戻って、その日のうちに。


『エマ、君はどうするんだ』


 さよならを言ったエマの手を握って、ユーインは言った。

 ロイかもしれないサラマンダーがブラクテン国へ行ったらしいからそれを追いかけると答えると、ユーインは何度も頭を振った。


『一人ではダメだ、一緒に行こう。……そんな顔をしている君を一人になんてさせられない』

『アーサーとポリーが一緒よ』

『そうだけど……そういうことじゃなくて』


 指輪のおかげでアーサーとポリーの姿が見えるユーインは、彼らを見やってから、もう一度首を振った。


『やっぱり駄目だ。俺も一緒に行く』

『いいえ、あなたはその薬を持って早くお友達のところへ行くべきよ。病気の進行は速くないと言っていたけど、安心できるわけではないのでしょう? それに、苦しんでいるお友達をそのままにしておいていいの?』

『それは……』

『あなたは優しいわ。でも、優先順位を間違えたらだめよ』

『だったら! 俺と一緒に王都へ行こう。薬を届けて、そのあとでブラクテン国へ行けば……』

『ユーイン』


 ユーインの言葉は、エマをすごく惑わせる。

 このまま言葉を重ねられたら甘えてすがってしまいそうで、エマは首を振った。


『あなたは本来、そう身軽に旅ができる身分ではないでしょう? そしてわたしも、せっかくロイの手掛かりを見つけたのに、のんびりしていられないわ。またすれ違いになりたくない。……ユーイン、あなたと一緒で、本当に楽しかったわ』


 さようならと、何度目になるかわからない言葉を告げる。

 ユーインはきゅっと唇を引き結んで、やがてうなだれるように頷いた。

 王都までの路銀を渡して、去っていくユーインを見送った後で、エマもその日のうちに荷物をまとめて彼とは反対方向に向かって旅立った。


 ――ユーインとは、もう会うことはないだろう。


 そう思うと、ぽっかりと胸の中に穴が開いてしまったような寂しさを覚える。

 旅をしながら、身を襲う寂寥感が何なのかと考え続けて、エマはこの町にたどり着く前日にようやく悟った。


 ユーインのことが、好きだったのだ。


 気づいたところでどうしようもない。

 気づいたときは泣いてしまったけれど、泣いたって仕方がないのだ。


 エマとユーインとでは生きる世界が違う。もう二度と、エマとユーインの進む道が交わることはないだろう。

 不用品を中古店に売った後で、エマは宿に戻った。

 今日はもう夕方なので、出発は明日にしようと思う。


 レース編みでもしようかと思ったが気分が乗らなくて、エマはごろんとベッドに横になった。

 ユーインがいたら、一緒に町の中を散策したり、お茶をしながらおしゃべりしたりできるのにと思って、ぐっと奥歯をかむ。

 じわりと、涙がにじむ気配がしたからだ。


(……寂しい)


 自分はいつの間に、こんなに弱くなってしまったのだろう。

 両親を失って、ロイを傷つけて――強くなろうと心に決めた。

 それなのに、ユーインと別れてから、寂しがり屋で泣き虫な弱いエマに戻ってしまった気がする。

 涙を誤魔化すように目の上を腕で抑えたエマの横で、アーサーが丸くなった。

 ポリーが小さな手でエマの頭を撫でる。

 声を殺して泣きながら、エマはぼんやり考えた。


 これを、失恋と呼ぶのだろうか、と。



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