エルフの里 3

「つまり、ダークエルフというのを探して、元に戻すことが妖精王からの条件なんだね」

「そうよ」


 急いで山を駆け下りて、エマ達は麓にある村までやってきた。


「エマは馬鹿だ! 妖精王と取引をするなんて大馬鹿だ!」


 アーサーは山を駆け下りる間ずっと同じことを繰り返していて、エマはいい加減うんざりしてきた。


「だって仕方がないじゃないの。どっちにしても妖精王の取引に応じなかったら、妖精女王の怒りを買うことになったし、エルフの秘薬だって手に入らないわよ!」

「ダークエルフをエルフに戻せなくても一緒じゃねーか! むしろダークエルフに関わる方がはるかに危険だって言ってんだろ⁉」

「アーサー、落ち着きなよ。こうなったからにはダークエルフを探して元に戻すかないだろう? なに、腰の剣が飾りでないなら、少なくとも妖精が見えるようになったユーインは戦力になるだろうし、あたしもアーサーもいる。手こずるかもしれないが、絶望的な状況じゃあない。妖精王もそれがわかっているから頼んだんだろうよ」

「どうだかな! 言っとくが、ヤバくなったらオレはエマを連れて逃げるからな‼」


 アーサーが牙を剥きだしにして「がー!」と喚く。

 怒っているが、アーサーも協力してくれるらしいのがわかってエマは微苦笑を浮かべた。


「頼りにしてるわよ、アーサー」

「ふんっ」


 アーサーは怒っているのを強調するように、ぷいっとそっぽを向いた。


(さてと、ダークエルフはどこにいるのかしらね)


 村はすっかり夜の闇に覆われている。

 深夜をいくらかすぎたころなので、起きている人は誰もおらず、各家々の灯りも落とされていて、頼りになる灯りは星々のきらめきと月明かりだけだった。


「エマ、そのダークエルフってどんな姿をしているかわかる?」

「そうねえ……ポリー、わかる?」


 ユーインに訊ねられても、エマも実際に見たことがないので答えられない。

 肩に乗っているポリーに訊ねれば、ポリーは「そうさねえ」と考え込んだ。


「エルフ自体が数が少ないからねえ、あたしも直接見たことはないんだよ。ただ、噂では、エルフ特有の白い肌が真っ黒に染まって、真っ赤な血走った目をしていると聞くねえ」

「妖精王を見て思ったけど、エルフはあまり人と姿が違わないんだよね」


 ユーインが訊くと、ポリーはひとつ頷いた。


「そうだね。エルフは、見た目だけを取ればそれほど人と差はないかもしれないねえ」

「じゃあ手掛かりは、黒い肌と血走った目、か。……こう暗いと、黒い肌って言うのは闇に紛れてしまうから困るな」

「本当ね。でも、手掛かりがそれしかないんだもの、このあたりをしらみつぶしに探し回るしかないわね」


 エマはぐっと拳を握り締める。

 できることならば、夜のうちに何かしらの手掛かりを手に入れておきたいところだ。

 何故なら、妖精が見えるのはエマと、それからオーベロンの指輪をはめたユーインだけなのである。村の人が起き出す時間では、怪しまれてろくに捜索できないだろう。


「はー……しゃーねぇな」


 アーサーが前足で首を当たりをかきながらため息を吐いた。


「木や草、花でもいい。ダークエルフを探すなら、そういうのが不自然に枯れている場所を探すんだな。エルフは自然を守るが、ダークエルフは自然を枯らす。そういう性質がある」

「ありがとうアーサー!」

「ふんっ、闇雲に走り回って体力がなくなったら、ダークエルフを捕まえるなんて無理だからな、だからだよ! 見たところ村の中には枯れた草木はなさそうだ。だったら村の外だろう。ほら、行くぞ!」

「ええ!」


 エマはアーサーを追いかけて駆けだした。


「アーサーは優しいね」


 ユーインもエマの隣を並走しながら笑う。


「もちろんよ。アーサーもポリーも……そして、今はいないけど、ロイもとっても優しいの。わたしの自慢のお友達よ」

「ロイ……エマの探している友達だね。ねえ、エマ。もしエルフの秘薬が手に入ったら、今度は俺が、君の手伝いをするのはどうかな」

「え?」

「だって、エマにはもらってばっかりだから、俺も君のために何かしたい」

(それは……)


 エマはすぐには返事ができなかった。


(だってユーインは、王太子殿下のもとに帰らないと……)


 ユーインは公爵家の子息だ。エルフの秘薬を手に入れて、王太子の病気を快癒することができたあとは、気軽に旅ができる身分ではないのである。

 ユーインの申し出はもちろん嬉しい。すごくすごく嬉しい。でも、エマの旅に、ユーインを巻き込むわけにはいかないのだ。


「ありがとう、ユーイン。でもその話はまた後でしましょ」


 今この場で、エマには答えが出せない――いや、言いたくないというのが本音だった。

 ユーインは「わかった」と首肯する。

 エマはきゅっと、唇をかんだ。




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