エマの過去 3

 物心ついたときから、エマには大切な友達が三人いた。


 クー・シーのアーサー。ハベトロットのポリー。――そして、サラマンダーのロイ。


 ロイは長きを生きた妖精で、アーサーやポリーと同じく仮の姿を取っていた。

 本当の姿は巨大なドラゴンのような姿だと言っていたけれど、エマの知るロイはポリーより少し大きいくらいの翼の生えたトカゲの姿をしていた。


 頭のおかしい子、変な子と揶揄されてきたエマには、人間の友達などついぞできたことのなかったが、この三人がいるから寂しくはなかった。

 誰にも見えない、そして言えない、エマだけの友達。

 アーサーもポリーも優しかったが、ロイは二人に輪をかけて優しかった。

 いつもエマのそばにいて、使用人の陰口を知ってエマが泣いたときもそっと寄り添って慰めてくれた。


 大好きな大好きな友達。


 ――それなのにエマは、そんなロイに向かって最低なことを言って、傷つけてしまったのだ。




 あれは今からおよそ半年前のこと。


 エマはアンヴィル国の北隣のブラクテン国の、ブラットフォード伯爵家の一人娘だった。

 エマには人間の友達はいなかったし、使用人にも気味悪がられてはいたけれど、両親だけはいつもエマに優しかった。

 幼いころから虚空に向かって話しかける変わった娘を、それも個性だと言って愛してくれた。

 だからエマは両親が大好きだったし、両親と三人の妖精の友達だけの小さな世界での生活を気に入っていた。


 別に世の中の人に気味悪がられていたって、両親とアーサー、ポリー、ロイの三人がいればそれでいい。

 エマは一人娘だから、いずれは誰かと結婚して家を継がなければならないけれど、両親は焦る必要はないと言ってくれたし、最悪養子をとってもいいから気にしなくていいとも言ってくれた。

 エマの小さくて、優しくて、温かい、幸せな世界。


 ――しかし、その世界はある日突然終わりを告げる。




 ゴウッという音と、メリメリ、パチパチと言う不思議な音、そして熱気がエマを襲った。


 夜中に目を覚ましたエマが見たものは、今にもエマの部屋を飲み込もうとしている炎だった。

それから悲鳴や足音に、燃え広がる炎の音が、わけもなく茫然とするエマの耳に聞こえてくる。


「エマ‼」


 アーサーによって、強引に妖精界に避難させられた。

 父は、母は、いったいどうなったのかと、泣きわめき、声が枯れるまで叫び続けて、ようやく人間界に戻った時には、すべてが終わっていた。

 眼前に広がっていたのは、そう――降りしきる雨の中、白い煙をあげる、黒く焼け焦げ崩れたエマの大切な邸。


 父と母はいなかった。

 使用人の大勢も命を落とした。

 生き残った使用人が、泣き崩れているのが見える。


 そんな誰かの一人が、突然、火事になったのはエマのせいだと言い出した。

 この奇妙な子が、きっと悪魔を呼んだのだ、と。


 違うと言いたかった。

 言いたかったけれど、ふと、脳裏にロイの姿がよぎった。


 ロイはサラマンダー。


 炎を操る高位の妖精。


 ――なぜ、あんなことを言ってしまったのか。




 気がつけば、エマはロイを罵っていた。

 ロイのせいで火事になったと、泣きながら。

 両親を突然失い、住む邸もなくなって、エマは確かに錯乱していただろう。

 冷静な判断をできない状況にあった。


 ――でも、言っていいことと悪いことがあったはずだ。




 ロイのせいだと泣き叫び、気づいたときにはロイはいなくなっていた。

 雨が降りしきる中、膝をついてただ泣いた。

 なんてことを言ったのだと、どうしてあんなひどいことを言ったのだと、ハッとしたときにはもう、どこにもロイはいなかった。

 アーサーとポリーが寄り添ってくれた。


 でも――ロイがいなかった。


 ――わたしが、傷つけた。




 わたしが――





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