霊峰を目指して 2

 がたがたと大きな音を立てながら、二頭の馬が引く荷馬車が南東に向かって進んでいく。

 かぼちゃがたくさん積まれた荷台の端っこで、ふんふんと鼻歌を歌いながらレース編みをしているエマの隣では、少し青い顔のユーインが荷台のへりにしがみついていた。


(宿を出たところで、ちょうど南東方面の町に向かう馬車が捕まったのは運がよかったわね)


 エマが泊まっていた旅籠の少し行った先には農村があって、周囲には田畑が広がっている。農民は収穫した野菜や果物を近くの町に卸すため、朝早くに荷馬車を出すことが多いと知っていたので、アーサーに頼んで宿の前で見張っていてもらっていたところ、一台の荷馬車が通りかかったのだ。

 馬車を引いていたのは優しそうな三十代半ばほどの男性で、これから町にかぼちゃを卸しに行くと言うので、そこまで乗せて行ってほしいと交渉したのである。


「……エマはどうして、大きく揺れる荷馬車の中で編み物ができるんだ?」


 ユーインの声には覇気がない。

 荷馬車に乗るのははじめてだと言っていたが、顔色を見るに酔ってしまったのかもしれなかった。


「わたしは慣れているの。酔ったんでしょう? 薬があるわ」


 エマは手荷物の中から薬草を粉にした薬を取り出すと、水と一緒にユーインに手渡した。


「ちょっと苦いけど、よく効くわよ」

「助かる」


 やっぱり馬車酔いしてつらかったみたいだ。


「……苦い」


 薬を飲み干したユーインがきつく眉を寄せるのを見て、エマは思わず吹き出した。

 この薬は妖精の特別製だ。旅先で妖精たちと知り合いになることも多いのだが、妖精が住処にしている薬草は特別な効能があって、普通の薬草よりもずっとよく効くのである。

 エマは旅先で妖精に許可を得てはそう言った薬草を採取して、乾燥させて薬にして持ち歩いているのだ。

 口の中に残った苦みを必死に水で誤魔化していたユーインは、少しして驚いたように目を見張った。


「すごい、本当に効いてきたみたいだ」

「言ったでしょう? よく効くの。今後も荷馬車の荷台が借りられたら乗ることになるし、少し分けておいてあげるわ」


 エマは手荷物の中から薬の薬方をいくつか取り出してユーインに差し出した。

 薬を受け取りながら、ユーインは薬方を丹念に調べている。


「刻印がないけど、どこで買ったんだ? こんなに効く薬だからよほど高名な薬師が作ったものなんだろう?」

「違うわ。わたしの自作よ。だからどこにも売ってないわ」

「君はレース編み職人かと思っていたのに、実は薬師だったのかい?」


 ぱちくりと目をしばたたくユーインに、エマはなんだかおかしくなってきた。


「違うわ! レース編み職人でも薬師でもない、ただの旅人よ! レース編みはお金を稼ぐため、薬は旅先で具合が悪くならないために作っているだけよ!」

「そ、そうか……。いや、そのレース編みもすごい腕前だし、薬もよく効いたから、てっきり……」


 恥ずかしそうに頬をかいて、ユーインは薬を大切そうに服のポケットにしまう。


(町についたら、ユーインの着替えと、それからカバンも買わなくちゃね)


 そして、旅の心得も教えておかなければならないだろう。

 何故ならユーインは、旅をすると言うことがどういうことなのか、さっぱりわかっていないようなのだ。




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