妖精の風の吹くまま~家を追われた元伯爵令嬢は行き倒れたわけあり青年貴族を拾いました~
狭山ひびき
プロローグ
「エマ……」
キラキラと、星屑のような輝きが空に向かって伸びて消える。
それを半ば呆けたように見上げていたエマは、背後から聞こえてきた声にハッと息を呑んだ。
振り返れば、エマの燃えるような赤い髪と同じような色の焚火に照らされて、一人の男がこちらを茫然と見つめている。
赤々と燃える炎が影を落とす男の顔は、普段はどこか甘い雰囲気を漂わせているのに、今は緊張しているように強張っていた。
現在見上げた夜空に浮かんでいるような優しい金色の髪に、エマの足元に広がる湖が、日中に見せる青々とした色に近い綺麗なサファイア色の瞳。
焚火のそばに立てかけてある剣を持つにふさわしい、引き締まった屈強そうな長身。
つい、二週間ほどに出会ったユーインという名のこの男は、この二週間で見たことがないほどに驚愕し、放心し、ただひたすらにまっすぐエマを見つめていた。
膝下まで湖の中に使っていたエマは、急に寒気を覚えてふるりと震える。
くるぶし丈のワンピースの裾が、湖面にひらひらと浮かんで揺れていた。
(……いつから…………)
ユーインは、いつからエマを見ていたのだろうか。
不用意な発言はしない方がいい。
エマは固唾をのんで、ユーインの次の言葉を待つ。
湖の上を秋の風が通りすぎ、流れてきた雲で、わずかな時間だけ月が陰った。
きらきらきらきらと、先ほどエマの周りを取り巻いていた輝きに似た、夜空の星々のきらめきが、風に流れる雲にもてあそばれていく。
「エマ……。今、君の周りがキラキラと光っていたよ。まるで君の周りにだけ星屑が落ちてきたみたいだった。それに……俺の空耳でなければ、君は今、誰かと話をしていなかったかな」
ああ――と顔を覆いたい気分だった。
わかっている。もう誤魔化せない。
言葉もなく立ち尽くすエマの周りを、緑色をしたふわふわした毛並みの犬が円を描くように飛びまわった。その横には、幼子が遊ぶ人形のような大きさの羽の生えた少女もいる。
エマを心配するようにくるくるとエマの周りをまわる二人の姿は、ユーインには見えていないだろう。
――気味の悪い娘だ‼
不意に、エマの耳に恐怖と侮蔑とが入り混じった怒声が響いた気がした。
きゅっと唇をかむ。
(誤魔化せない……でも、言ってなんになると言うの)
それは、幼い子供でも知っているおとぎ話。
昔々の、世界のお話。
妖精と人間が共存し、そして別離した、そんな物語。
それを信じている人間なんて、もうこの世界にはほとんどいないだろう。
「わたし、は――」
告げたところで信じてはくれない。
でもユーインならばもしかしたらという気持ちが沸き起こってしまう。
こくりと喉を嚥下させて、エマは視線を落として口を開いた。
「……わたしは、妖精が見えるの」
昔々。妖精は人間と一緒に暮らしていました。
けれども人間は妖精の心臓に不老不死の力があると知り、妖精を殺しつくします。
怒った妖精女王は、人々の目に魔法をかけました。
それは人間には妖精が見えなくなる魔法です。
でも、妖精女王の魔法をかいくぐって、稀に妖精が見える人間が生まれます。
その人間は決まって心の優しい、善良な人間でした。
妖精たちはそんな選ばれた人間が大好きで、常に人間のそばには妖精が集まります。
そして妖精に好かれた人間は、妖精の祝福を受けて、幸せに暮らすことができるのです。
――それは昔から語り継がれるおとぎ話。
エマはそんな、妖精が見える人間の、一人だった。
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