暗い部屋の中
田山 凪
第1話
友達はいた。
一緒にいると元気になれる相手。
一人暮らしをする時に合鍵を渡したくらいだ。
でも、しばらくは会ってない。
私から連絡したことはない。
向こうからもしばらくない。
いまはもう一人なんだ。
責任も行動も自分で。
外に出るのが怖い。
もう、辛いのは嫌だ。
どうして? どうして必死にがんばって勉強してきたのに、ゴールかと思ったらまた険しい道が続くの?
いつになったら休ませてくれるの?
前を歩く人たちに必死で追いつこうとする。
私より先に倒れた人がいた。
でも、私は手を差し伸べることができなかった。
私にだって余裕がない。
いまあなたに手を差し伸べていたら、先頭集団から離されてしまう。
走る体力なんてもうない。
だから、ごめん。
私はあなたを助けてあげられない。
そして、次は私の倒れる番。
その時、私は精一杯手を伸ばした。
だけど、誰も立ち止まってはくれない。
そりゃあそうだ。
私が手を差し伸べなかったのだから、ほかだって手を差し伸べない。
都合がいい。
あまりにも都合がよすぎる。
暗い部屋の中でただ一人。
カーテンの隙間さえ遮断した本当の闇。
次第に体の感覚がなくなっていき、自分が何者なのかさえ曖昧になってくる。
目的は?
何のために?
志はどこへ?
面接官に話す嘘ばっかりの戯言は、私の精神をすり減らしていく。
愛想を振りまき少しでも馴染もうと、乱すことなくうまくやっていこうと。
自分の心に嘘をつきながら生きてきた。
それは誰かが先に通った正解らしき道だからこそ妄信できた。
でも、結局は誰も責任を取ってくれない。
社会が作り出した強迫観念にも似た普通のおしつけが、私の夢をなかったことにする。
有名になりたいとか、金持ちになりたいとか、権威をもちたいとか、そんなのは一つも望んじゃいない。
私はただ、いまよりももう少しだけ楽しく過ごせればよかった。
次第に闇の中へ体が溶け出していく。
謎の浮遊感は現実味がなく、夢の中をさまよう少女のようで、だけど追いかけるあてもない。
一本の糸が垂れてきても、私はそれを掴めない。
手を差し伸べてきても握れない。
同情や共感がほしいわけじゃない。
一緒に、地獄に落ちてほしいのだろうか……。
もう何も考えたくない。
このまま、闇の中に溶け込んで、永遠に生きよう。
それは、今までよりは遥かにまともなんだから。
その時、チャイムが鳴った。
宅配を頼んだわけじゃない。
何度も鳴るチャイムが鬱陶しくなり、私は玄関に向かった。
溶けかけた体を無理やり戻し、ゆっくりと歩く。
玄関にチェーンはかかっていなかった。
いったいなぜ。
何を期待してたんだろう。
チェーンをかければもう誰も入ってこれない。
そうだ、そうしよう。
もう、チャイムも切っちゃおう。
そして、溶け込もう。
だけど、鍵が外から開けられた。
何かを考える暇もなく、勢いよく開く。
眩しい太陽に照らされ、そこに立っていたのは。
「おわっ!? いたなら開けてよ~」
「どうして?」
「あーなんで開けられたかって? だって合鍵貰ってたじゃん。連絡できなくてごめんね。忙しいのもあったけどスマホ壊れちゃってさ。でも、こっちに引っ越してきたからこれからまた遊べるよ!」
力強く温かい手で握られた。
そうか、私は同情も共感もいらなかった。
ただ、強引に連れ出してほしかったんだ。
「準備して遊びにいこう! どこいく?」
「どこでもいいよ」
「え~、それは一番困るなぁ~。じゃあ、準備しながら決めよっか!」
太陽のように眩しい笑顔。
この眩しさに慣れたら、もう一度立ち上がろう。
いまは少しだけ日向ぼっこをしていたい気分だから。
暗い部屋の中 田山 凪 @RuNext
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