第2話 騎士と求婚




 その日も朝は平穏だった。


 異変が生じたのは正午を回った頃。


 ブヒヒヒンッ!


「……?」


 馬?

 いえ、馬車の音?


 この村に馬車を持ってる人はいない。


 行商人でも来たのだろうか?


「何か音したー!」

「何だー?」


 ジャンとテッタが口々に言って机から立ち上がる。


「あっ、待ちなさい!」


 今は大切なお勉強の時間なのに。


「うるせー」

「テッタ行くぞ!」


 ああもう反抗期!


「ケミィ、リコたちを見てて」

「分かったわ」


 ケミィに年少の子たちを任せ、私はふたりを追いかけて廊下に出る。


 それにしても一体何の音だろう?


 本当に馬車が来たの?

 こんな村に何のために?


 いろいろ気になることはあるけど後回し。

 今は悪ガキどもを連れ戻さなくっちゃ。


 その悪ガキたちは簡単に見つかった。

 玄関から外に出てすぐの場所に突っ立っていたからだ。


「ジャン、テッタ」


 ふたりの名前を呼び、自分も外に出る。


「!」


 と、玄関の扉を全開にしてやっと気づく。


 ブヒヒヒンッ


 馬車が孤児院の前で停止していた。

 それも2頭立てで、装飾も立派な馬車だ。


 あれって……まさか貴族の!?

 それが何でこんなところに?


「あらあらどうしたんだい?」

「お母さん」


 騒ぎを聞きつけた院長の母もやってきて、件の馬車を見て目を丸くする。


 その時、紋章が彫られたドアが開いて、馬車から中の人物が降りてきた。


「……!」


 現れたのは銀髪の貴公子だった。


 彼は王国騎士団の金と青の制服を着こなし、腰には儀礼用の細剣を佩いている。

 足元は黒いブーツ。

 手には白手袋。


 襟元も一分の隙もなくキッチリしていて、その生真面目な性格が窺える。


 唯一肌が露出しているのは首から上だけで、それも血色が薄くまるで白磁のようだ。


 眉にかかる程度の前髪の下から覗くのは、アイスブルーの瞳。


 その鋭く冷めた視線が、カチコチに固まっていた私を射貫いた。


「……!」


 瞬間、背筋が痺れたような衝撃が走る。


 こんな綺麗な人見たことない……!


 あれ?

 でも……。


 あの瞳どこかで見覚えがあるような?


 そんなことを思っていると、銀髪の彼がスタスタとこちらへ歩み寄ってきた。


 え? え? えぇ!?

 こっちに来る!?


 しかも彼は私の前でピタリと立ち止まった。


 こうして並んでみると彼は私より頭ひとつ高い。


 彼は蒼い瞳で私をジッと見下ろしている。


 怖い怖い怖い!

 美人に見つめられるのってプレッシャーが凄い!


「あ……あの、何かご用でしょうか?」


 私は緊張で足が震えないようにしながら用件を尋ねる。


 貴族が孤児院を訪れる理由は、大抵は寄付か養子縁組。


 でも見たところ彼は私よりも年下だ。

 まだ養子を考えるような年齢じゃない。


 なら寄付だろうか?

 でも、だとしたら何の縁で?


「エリィ」

「……!?」


 想像より高めの声に、またしてもドキリとさせられる。


 ……え? それより今、何で私の名前を?

 まだ名乗ってもいないのに。


 私が混乱していると、貴公子は驚きの行動に出る。


 まるで貴族の令嬢にそうするように、その場で片膝をついて私の手を取ったのだ。


 手の取り方もまるで割れ物を扱うように丁寧で、慈愛に満ちた仕草だった。


 そして、彼の口から私も、誰も予想だにしない言葉が紡がれる。


「貴女を迎えにきた。どうか私と結婚して欲しい」


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