第2話 方向性くらいは統一しろよォ!!

三日前にばあちゃんから譲り受けたシェアハウスのオーナーになったら、異世界魔王の娘と異世界勇者の娘が入居した。

改めて現状を言語化してみたが、やはり意味がわからない。

「どんな人でも大歓迎!」とか書いた時点でなんか面倒くさくなって、入居条件を極端に緩くしたのが悪かったのだろうか。


いや、前科者とかなら、まだ100歩譲って「誰でもいいって言ったしなー」って受け入れるつもりだったよ?

魔王と勇者ってなによ。伝統のRPG、秒で終わるじゃん。

条件はきちんと決めておくんだったなぁ、と今更ながらに後悔していると。

ぴんぽん、とインターホンが鳴り響いた。


「はいー?」


ここら辺はど田舎だ。

シェアハウスとは違って、新築でもない私の家に、カメラ付きのインターホンなんてテクノロジーがあるはずもなく。

私は玄関へと向かい、何の躊躇いもなく扉を開けた。


「ぐるるっ」

「…………おうっふ」


ケルベロスがいた。

もう一度言おう。ケルベロスがいた。

伝説上のものとは別モノなんだろうが、そうとしか表現できない様相のバケモノが、私を覗き込んでる。

私の家の半分くらいの大きさだろうか。頭ひとつだけでも、私の身長を余裕で超えてる。

ここがど田舎でよかった、と心の片隅で安堵を覚えながら、私は携帯を開いた。

とっ、とっ、と追加したばかりの連絡先をタップし、画面を耳に当てる。

数回のコール音の後、しおらしい「はい…、神崎です…」という声が響いた。


「神崎さん!!

私の家の前にケルベロスいるんだけど!?」

『うっかり出しちゃいました…』

「くしゃみみたいな感覚でクリーチャー生み出すんじゃありません!!

さっさと引っ込めて!私の家壊れる!!」

『今そっち行きます…』


うっかりなら治してくれ、頼むから。

「くぅん?」と可愛らしく首を傾げるケルベロスを前に、ため息を吐く。

いくら仕草が可愛くても、このデカさと殺意マックスな見た目はダメだ。

ちょっと動くだけで車壊れるぞ、コレ。

…車、大丈夫だよな?この田舎で車を失うことは即ち、人権を失うことと同義だぞ?

不安に駆られた私は、自分の車の方に目を向ける。


「……あちゃー…」

「大家さん、ごめんなさ…、あ…っ」


見事に噛み跡残ってますわ。壊れてはないけど。壊れてはないけども。

どーすんの、これ。フレーム全部取っ替えなきゃいけないじゃん。

そこそこに安かった中古車だけど、愛着を持って乗り回してたんだぞ。

私は駆けつけた神崎さんに向き直り、ブラック企業で培った、感情の消えた笑みを浮かべた。


「直して」

「……はい。『リバース』」


魔王でも、大家には逆らえないんだなぁ。

そんなことを思いつつ、私は噛み跡がつく前の状態へと戻っていく車を見つめる。

と、その時だった。


シェアハウスの2階の壁が吹っ飛んだのは。


「いやぁあぁぁあああっ!?!?

ケルベ、ケルベロ、ケルベロスっ!?

嫌、いやぁっ!

異世界はもう嫌ァアアアッ!!!!」


壁の奥から出てきたのは、涙やら汗やら鼻水やらで顔をぐしょぐしょにした仙谷さん。

ケルベロスを見たことで、トラウマが刺激されてしまったのだろう。

手当たり次第に聖剣を振り回す仙谷さんを前に、神崎さんが口を開く。


「アリサちゃんの発作です。

今日はケルベロスを見たせいで、特別ひどいですね」

「こうなるってわかってんなら、うっかり治そうよ」

「すみません…。取り敢えず、アリサちゃんごと巻き戻しておきます…」


「取り敢えず魔法で巻き戻せば大丈夫」とか思ってないよな、お前?

巻き戻っていく諸々のモノを前に、私は諦めにも似た呆れを向けた。

この状態で大学なんて通えるの、コイツら?


♦︎♦︎♦︎♦︎


「ばあちゃん。管理人、きつい」

『なんだい、弱音を吐くのが早いねぇ』


お昼時。私は受話器の向こうに居るばあちゃんに、ため息混じりの弱音を吐き出す。

前職よりかはマシだけど。マシだけども、要らない気苦労が多すぎる。

そんなことを思いつつ、私はばあちゃんに問いかける。


「ばあちゃんさ、異世界からやってきた魔王と勇者に、それぞれ娘がいるって信じる?」

『お前が言ってるの、神崎さんと仙谷さんとこの娘っ子のことだろ。

知ってるに決まってるじゃないか。どっちもあたしん家の近所に住んでた子だよ』

「知ってんのかーい」


事前に言っとけよ。

…いや。多分、言われても信じないけどさ。

そんなことを思っていると、ばあちゃんはカラカラと笑った。


『なっはっはっ。どうやら随分と揉まれてるみたいだねぇ。

その調子で頑張りなさんな、管理人さん』

「他人事みたいに言って…」

『だから言ったろうに。

条件はキチッと決めとけって。だから、ああいうイロモノ枠が集まるんだろうが』

「イロモノすぎやしませんかねぇ!?」


条件決めるのを面倒くさがっただけで、魔王と勇者が入居してくるとか思わんわ、普通。

私が吠えると、ばあちゃんはそれを嗜めるように、優しげな口調で語った。


『なぁに。ああいう特殊な生まれの子はね、お前みたく中途半端に真面目で、程よく適当な人が管理してる家の方がゆっくりできるもんさ。

心配しなくても、お前はお前のやりたいようにやればいい』

「……あのさ。それって私のこと、適当な人間って言ってない?」

『適当だろう、実際。

じゃ、今からおやつ食うから。管理人の仕事、頑張ってなー』


それを最後に、ぶつっ、と通話が切れる。

私は釈然としない気持ちに苛まれながら、受話器を元の場所に置いた。


「誰が適当じゃボケッ」


切れる前に言えなかった。畜生。

私がそんな悪態を吐いていると、本日二回目のインターホンが鳴り響く。

…またケルベロスだったりしないよな?

そんなことを思いつつ、私は恐る恐る玄関へと向かう。

ドア越しに見える影は、人のものに近い。

私はそれに安堵の息を吐き、扉を開いた。


「突然お邪魔して申し訳ありません。

この家の隣にあるシェアハウスに入居したく、必要書類を持参してきました。

私は歴史改変対策のため、今より2億年先の未来から派遣された、人型時空観測ユニットです。

識別番号は『D-X666』。気軽に『ロクちゃん』とお呼びください」

「せめてイロモノの方向性くらいは統一しろよォ!!」


必要書類が封入されているであろう封筒をこちらに差し出し、無表情で佇んでいた少女に向け、私の絶叫が響いた。

前2人が魔王と勇者なら、次はいいとこ聖女とかだろうが。

なんで未来から来たアンドロイドなんだよ。

不思議そうに首を傾げる彼女に、私は引き攣りながらもなんとか表情を繕い、家にあげた。

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