シェアハウスのオーナーだけど、入居者が揃いも揃っておかしい。

鳩胸な鴨

第1話 軽率な判断は身を滅ぼすぞマジで。

つい昨日、5年間勤めた会社を辞めた。

大手の不動産会社にて、事務として勤めていたが、店長からの激烈なセクハラ、お局からのモラハラ、主任からのパワハラと、ありとあらゆるハラスメントが横行していたのに耐えきれず、勢いで辞めてしまった。

無論、転職先が決まってるはずもなく。

どうしたものか、と思いながら動画サイトを漁ってたら、遊びに来てたばあちゃんがこんな提案をしてきた。


「あたしが新しく開こうと思ってる『しぇあはうす』の管理人、やってみないかい?

手続きしたはいいけど、ちっと腰を悪くしちまってねぇ。

代わりにやってくれると助かるんだが…」

「やるゥッ!!」


賃貸の管理人はやることが多いと聞くが、流石に前職ほどじゃないだろう。

そんな甘い考えにより、私は秒でその提案に乗っかることを決めた。

条件を決めるにあたっていろいろ課題は出たものの、地方という単語すら贅沢な田舎のため、「家賃は3万5千円」とだけ決め、入居条件は面倒だったので特に指定しなかった。


今思えば、それが間違いだったのだろう。

三日後、私はそれを痛感することとなる。


♦︎♦︎♦︎♦︎


「……えっと、入居希望の、神崎さん…です、よね?」


おかしい。今日は最初の入居者との面談だったはず。

私は眼前に佇むソレを前に、困惑を漏らす。

中世もびっくりな、「鋭利」としか感想を抱けない、黒い甲冑。

背から突き出た、六対の黒と白の翼。

王冠のように浮かぶ光輪の下で、「私が会う予定だった入居希望者だ」と宣う少女は、人懐っこい笑みを浮かべた。


「はい、神崎 ハナです!

あ、格好は気にしないでください!緊張しちゃって出てるだけなんで!」

「は、はぁ…」


緊張してそんなモン出る人間がいるか。

そんなツッコミが出そうになるも、私は彼女の身分証明書と申請書を確認する。

名前、神崎 ハナ。名前はまんまカタカナらしい。割と普通だな。

年齢は18歳で、入居理由はこの近くにある大学に通うから。うん、普通だ。

書類に関しては何の不備もない。

だけど、ソレ以外に不備がありすぎる。

コスプレかと思ったけど、ソレにしては翼の質感がリアルすぎるし、光輪なんてガッツリ浮かんでる。

だめだ、流石に気になってきた。

私は失礼を承知で、ハナさんに問いかけた。


「やっぱり気になってしまうんですが…、その格好について、説明願えますか?」

「や、やっぱり、気になりますよねぇ…。

あはは…。私も嫌なんですけどね、これ」

「あ、嫌なら大丈夫なんですが…」

「いえ!これからお世話になるかもしれないんですから、きちんとお話しします!」

「はぁ」


ラスボスみたいな格好を除けばいい子だな。

ハナさんは暫し考える素振りを見せたのち、意を決したように口を開いた。


「私のお母ちゃん、異世界から逃げてきた魔王なんです!!」


お前じゃないんかい。

ツッコミを何とか飲み込み、「証拠です!」と差し出されたスマホを覗き込む。

その画面の中には、彼女の父親らしき中年男性の隣に、今のハナさんとよく似た格好の女性が佇んでいた。

すごい家庭だな。私だったらグレてる。


「私、人間と魔王…というか、『カオス・セラフィム』とのハーフなんですけど…。

遺伝のせいで、ここ最近、急にこの格好になっちゃう時があって…。

ここって入居条件がめちゃくちゃ緩いから、ここなら大丈夫かなーって思って志望したんです」

「カオス・セラフィムってなに?」

「さあ?」


自分で言っててわかってないんかい。

それでよく大学入れたな、と思っていると。

ずぞぞ、と、彼女の影が揺らめき、竜を形取った。


「こらっ!勝手に出てきちゃダメだって…!

すみません、勝手に影からドラゴンとか出来ちゃうんです…!」

「あ、うん。備品壊さなかったらなんでもいいよ…」

「気をつけますっ!」


返事はいいんだけど、不安要素が多すぎる。

まあ、流石にこれ以上は面倒なのは来ないだろう。

そんなことを思いつつ、私は神崎 ハナの申請書を受理した。


♦︎♦︎♦︎♦︎


「もう勇者なんてやってらんない!!

お願い!私を実家から解放してぇ!!」

「嘘だろ来たわ」


神々しい剣を引っ提げてるくせに、目の下にびっしりとクマを重ねた少女が、がくがくと私の肩を揺らす。

魔王の次は勇者かよ。世間狭すぎるだろ。ここ、現代日本なんだけど。

私が呆れを顔に出すのも気にせず、彼女はぼろぼろと泣きながら訴える。


「高校に上がってから、月1で縁もゆかりもない異世界に飛ばされるんです!

時間の流れが違うのだけはありがたいですけど、こっちからしたらせっかく勉強したところすっぽ抜けるわ、やたらとキショい求婚されるわ、もう散々なんです!

異世界で勇者やってたママに聞いたら、『この家、異世界と繋がりやすいよ』って!

勇者の役目とか諸々、知らんうちに継いじゃったから、呼ばれるのはいっつも私!!

高二でうつ病って診断されて、精神安定剤が欠かせないんですゥ!!」

「一気に飲むな。死ぬぞ」


ぷちっ、ぷちっ、と明らかに過剰摂取としか思えない量の錠剤を取り出す少女を宥め、私は申請書と身分証明書に目を落とす。

名前は…、仙谷 アリサ、18歳。表向きの入居理由は「大学が近いから」か。

申請書にまともなことしか書けないの、本当にどうかと思う。

もうちょっと、国の方で異世界魔王とか異世界勇者の末裔に配慮した申請書類フォーマットを作ってほしい。

そんなことを思いつつ、私はアリサさんに釘を刺す。


「…異世界魔王の娘さんいるけど、喧嘩しないでね?」

「しません!実家から離れられたら何も文句ないですからぁ!!」

「わ、わかったから、揺らさないで…。

ああ…、私のシェアハウスがどんどんおかしなことになってく…」


凄まじい勢いで揺らされながら、私は遠い目で天井を見上げた。

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