我儘+優しさノイジーセッション
マホロバ
第1話
貴方には優しさしかなくて、退屈だから。
彼女が別れ際に言い残した台詞は、僕の胸に深く突き刺さった。自分でも優しい人間だとは思う。他人に怒ることなんて滅多にないし、できる限り人助けもしてきたつもりだ。
だけどその様子が、付き合って3年目になる彼女は気に食わなかったらしい。僕の仕事中に、彼女は別の男と遊んでいた。いわゆる浮気と言うやつだ。
証拠は探さなくても見つかり、嫌でも彼女が浮気していると理解させられた。それでも怒らなかった僕を彼女は見限った。同棲していたアパートから荷物をまとめ、浮気相手の家へと出ていった。
最後には優しさしかないと言い捨てて。
何がダメだったんだろう。人に親切にすることが良い事なんじゃないのか?それが気に食わないと言うのなら、なぜ直接言ってくれなかったのだろう。
どれだけ考えても答えは出ず、いつしか僕─
「優しさしかなくて退屈、か…全くその通りだよ…」
勉強は普通、運動神経は…昔は自信あったかな。今は無い。将来の夢より明日の晩御飯の方が大事で、仕事の合間に趣味について考えることを楽しみに生きる。 そんな普通なのが僕だ。
人に好かれても愛されるような人間では無い。
半ば自暴自棄になりながら、いっそ発狂でもしてやろうかと考えていると、ふとギターの音が聞こえてきた。どうやら誰かが近くで演奏しているらしい。
僕はフラフラと音の聞こえる方へと歩いた。音色の主は近くの公園に居た。
「あの人…こんな時間に演奏してるのか…?」
該当の下でギターの調整をしているのは、20代くらいの女性だった。ボサボサと整わない銀髪に遠目からでも分かる鋭い目付き。僕は近づくのを躊躇った。
関わらない方が良さそうなのに、何故か僕はギターを持つ女性に吸い寄せられるように近付いた。
「…珍しい…人が来るなんて」
「こ、こんばんは…」
「いらっしゃい。投げ銭ならそこの缶の中に入れてください」
女性は鞄から空き缶を出し、投げ銭を受け取る準備をした。普段からこうやって演奏をしてはお金を受け取っているのだろうか。
「いつもここで演奏を?」
「いいえ、普段はライブハウスとかでやってますよ。今は…住む場所もなくなっちゃったんで小遣い稼ぎでやってます」
よく見ると女性の傍らには旅行鞄が置いてあった。家が無いと言うのは本当なのだろう。
僕は缶の中に1000円札を無造作に入れ、女性の前に胡座をかいた。
「演奏…聞かせてくれるんですか?」
「まぁお金も貰っちゃいましたし。リクあります?」
「任せるよ。キミの1番を聞かせて欲しい」
「おっけーです」
女性がギターを弾き始める。派手な見た目とは対照的に、酷く湿っぽいメロディーを奏でた。
彼女の弾いた曲を僕は知っていた。死別した彼女へと向けた、決意と再出発の歌だ。歌詞は無いけど、何度も聴いた旋律が僕の心に流れ込んだ。
5分にも満たない演奏の後、彼女の個人ライブは終わった。
「…なんで泣いてるんですか?」
女性に指摘されて初めて、僕は自分が泣いていることに気付いた。
「なんでだろ…キミの演奏が良かったからかな」
「そんな訳ないでしょう。何があったんですか。今なら追加100円で聞いてあげましょう」
「なんかケチ臭いな…」
「欲張らないと生きていけませんから」
財布から取り出した100円玉を缶の中に放り込んでから、僕は自分のことを話し始めた。
社会人になってから5年目だと言うこと、仕事はそこそこ順調なこと、そして…彼女に捨てられたこと。
女性は僕が話している間、一度も目を逸らさずに話を聞いてくれた。
「酷い彼女も居たものですね。慰謝料とか取れないんでしょうか」
「結婚してた訳じゃないからね。僕はするつもりだったんだけど…」
「しなくて正解ですよ、そんな女」
「そんな女でも、僕には生きる理由だったんだよ。今の僕には…もう、何も無いから…」
「…なら私とかどうです?」
「……はい?」
女性の提案に思わず素っ頓狂な声を上げてしまった。
「今ワケあって住む場所が無いんですよ、私。だから彼女役やりますから、お兄さんの家に泊めてくださいよ」
「いやいや!キミの名前も知らないのに受け入れられないって!」
「
「いや名前だけの問題じゃない気が…そもそもキミ成人してるの?」
「してますよ。バリバリの22歳です」
「僕の5歳下…いやそれでもさ!」
「いーじゃないですか。本当の彼女ができるまで、期間限定の彼女役ですから」
「うーん…」
「じゃあこうしましょう。受け入れてくれないと襲われたって今騒ぎます」
「ちょっと!?止めてよ!?」
「止めますよ。お兄さんが受け入れてくれれば」
「ぐぬぬ…!」
ギターの女性──雷菜さんはもはや引く気は無いと言った様子だ。残念ながら、僕の脳内引き出しにこの状況をどうにかできる術など、1つしか見当たらなかった。
「はぁ…分かったよ、僕の負けだ」
「やった。じゃあこれからお世話になりますんで、よろしくお願いしますね。えっと…」
「
「分かりました、ダーリン」
「いきなり距離感近いなぁ!」
こうして僕は雷菜さんと暮らすことになった。
これが僕たちの始まり。これから歩んでいく、デコボコな僕らの日々の始まりだった…
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