第6話(4)バンド結成

「さて……」


「本当にこっちで良いのか?」


 腕を組む甘美に現が尋ねる。


「それは分かりませんが、大体流れに沿って行けば、ゴールに着くものでは?」


「そんな……アトラクションじゃないんだからな」


「アトラクションだと思えば良いのです」


「お気楽過ぎる」


「! なんか来るよ!」


 刹那が声を上げる。


「!」


 飛び魚の影が無数に水面から飛び出してきて、甘美たちが乗る小舟に飛びかかってくる。


「うおっ⁉」


「魚だけにね」


「いや、セットゥーナ! そんなギャグを言っている場合かよ!」


 陽炎が刹那に対して声を上げる。とはいえ、飛び魚たちは小舟の上を飛び交うばかりで、小舟に直接はぶつかってこない。


「う、運が良いのか?」


「……向こうの精度が悪いのかも」


 陽炎の呟きに刹那が反応する。


「……」


 甘美がしばらくその様子を黙って眺めている。陽炎が声をかける。


「お、おい、カンビアッソ……」


「……現!」


「あ、ああ!」


 甘美に促され、現がキーボードを構える。


「この飛び魚さんたち、飛び方の高度に差があります……」


「! そうか!」


「ええ!」


「~♪」


 現が音楽を奏でる。飛び魚の影が霧消していく。陽炎が困惑する。


「ど、どういうこった?」


「……なるほど、音階だね」


「そう。高く飛ぶお魚さんに対しては高音を、低空飛行するお魚さんに対しては低音をぶつけて相殺させたのですわ」


「リズムゲームの要領か……よく気が付いたね」


 刹那が感心する。


「観察眼と耳と顔の良さには自信がありますので」


「さりげなく顔の良さとか言うな」


「冗談ですわ」


 現に甘美が応える。


「んん?」


 陽炎が怪訝な顔になる。刹那が周囲を見回しながら呟く。


「広い所に出たね」


「広い所というか、これは……!」


 現が水をすくって匂いを嗅ぐ。甘美が問う。


「どうしましたか?」


「海水だ!」


「ほう、いつの間にか、海に出てしまいましたか……」


「呑気に呟いている場合か!」


「うん⁉」


「周りに建物が見えなくなった……!」


 陽炎と刹那が周りを見回しながら驚く。


「広い海に放り出されてしまったぞ!」


 現が声を上げる。


「まあまあ、そう慌てないで……」


「慌てるだろう!」


「こういう時こそ落ち着くことが大事なのです。様子を見てみましょう……」


 甘美が腰を下ろす。現が呆れる。


「お前なあ……ん?」


 現が先の方に目をやると、小さな岩場が海面から顔を出していて、そこに上半身が人間の女性、下半身が魚という存在が見える。刹那がボソッと呟く。


「あれは……人魚?」


「嫌な予感がするな……」


「~~♪」


「⁉ な、なんだか眠くなってきた……」


 人魚の影が歌う声を聴き、刹那が横になってしまう。現が慌てる。


「人魚の歌には催眠効果があるという! 夢世界で眠ったらどうなるか分からんぞ⁉」


「陽炎さん!」


「おう!」


「♪~♪~♪!」


「‼」


 陽炎の激しい演奏に合わせ、甘美が声高らかに歌う。すると。人魚の影が消える。


「ふっ、上手く行きましたわね……」


「歌声をより大きな歌声でかき消した……強引だな」


「ナイスアドリブと言って欲しいですわ……ねえ、陽炎さん?」


「ああ!」


「アドリブ勝負では困るのだが……うん⁉」


 小舟が大きく揺れる。陽炎が慌てる。


「こ、今度はなんだよ⁉」


 巨大なタコの影が現れる。現が叫ぶ。


「ク、クラーケンか!」


「人魚さんの次はクラーケンさんですか。随分とまたファンタジーな夢を……」


 甘美が苦笑する。クラーケンの足が数本、小舟に絡みつこうとする。現が慌てる。


「マ、マズい⁉ どうする⁉」


「どうするもなにも……わたくしたちはこれしかないでしょう! 皆さん!」


「……!」


 甘美がマイクを手に取り、現がキーボードを、陽炎がギターを、寝ぼけまなこの刹那がベースをそれぞれ構える。甘美が声を上げる。


「行きますわ! 1、2、3、GO!」


「~~~♪」


「……‼」


 クラーケンは音の圧に一瞬気圧されたが、すぐに体勢を立て直す。


「効かない⁉」


「……やれやれ仕方がないわね~」


「えっ⁉ あ、貴女は⁉」


 甘美が振り返ると、複数の樽と一緒に漂流してきたシニヨンの女性がそこにはいた。女性は右手の親指をグッと突き立てる。


「タルで来た」


「ど、どういう状況ですの⁉」


「最初は大きめの船に乗っていたはずなんだけど、気が付いたら難破しちゃって……樽にしがみついてなんとかここまで来たわ」


「そ、そうなのですか……」


「貴女たちの演奏、正直まだまだなんだけど……」


「いや、このタイミングでダメ出しをされても!」


「話は最後まで聞きなさいな」


「え?」


「アタシのドラムが加われば、より良くなるわ!」


「ド、ドラムって……」


「この樽があるでしょ?」


「ええっ⁉」


「驚いている暇はないわよ! 1、2、3……1、2、3、GO‼」


 シニヨンの女性が樽たちを即興のドラムセットとして、リズムを刻む。


「~~~♪ ~~~♪」


「⁉」


「ベース! もうちょっと主張しても良いわよ!」


「あ、ああ!」


「キーボード! 激しさと優しさを同居させて!」


「う、うむ!」


「ギター! 落ち着いて暴走して!」


「む、無茶を言うけど、分かったぜ!」


「ボーカル! シャウト!」


「ええ!」


「~~~♪ ~~~♪ ~~~♪」


「……⁉」


 五人の奏でる音に圧され、クラーケンが霧消する。それによって、五人や他の人たちも目を覚ます。その後、イベントは開催され、無事に終了した。その後……。


「……なんだか夢みたいな体験をさせてもらったわ~。貴女たちと一緒ならアタシも上のレベルに上がれそうな気がするわ……アタシは蓋井幻ふたおいまぼろし。貴女たちのバンドに混ぜて頂戴♪」


「! よ、よろしくお願いしますわ!」


 甘美が幻と名乗った女性と、がっしりと握手をかわす。五人は車に乗る。陽炎が口を開く。


「……さて、広島に戻ろうぜ!」


「全員広島住みとはね……」


「これも運命ってやつかしらね~なんだか素敵ね~」


 刹那の呟きに幻が微笑みを浮かべながら、三列目の座席に両手を広げて陣取る。


「なんで自分だけ広いスペースを取っているんだ……?」


「実力順でしょ~?」


「くっ……しかし、動きづらいロングスカートであの見事な演奏……反論出来ん……」


 現が唇を噛む。甘美が車を発進させながら宣言する。


「よし! それじゃあ『ミュズィックデレーヴ』の出発ですわ!」


「……なんだそれは?」


「フランス語で『夢幻の音楽』、わたくしたちの新しいバンド名ですわ!」


「か、勝手に決めるな!」


 現の叫び声が車内に響く。

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