第5話(1)突然のカンビアッソ
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「広島のあの大学って、結構なお嬢様大学だろう?」
「自分で言うのもなんですが、まあ、そういう風にカテゴライズされますわね」
陽炎の問いに甘美が答える。
「バンド活動をする奴がいるなんてな……」
「ふふっ、意外ですか?」
「多少な」
「それなりに学生数はいますから、色んな人がいますわ。真面目な子からなにから……」
「なにからって?」
「わたくしのような不良とか……」
「ふ、不良?」
陽炎が戸惑う。
「ええ」
「どの辺が不良なんだよ?」
「講義はほとんど出ていませんし……」
「ほう……」
「昨年度なんか、そのお陰で留年しかけましたから」
「ふ~ん。それは確かに不良って言ってもいいかもな……」
「そうでしょう?」
甘美は何故か誇らしげに胸を張る。
「色々な奴がいるんだな……」
「そう、個性的な方とかね」
甘美がバックミラー越しに現を見る。
「……私は普通だ」
現は憮然として答える。
「いやいや、うっつーはバリバリ個性的だろう」
「う、うっつー⁉」
陽炎の言葉に現は面食らう。
「? 現だからうっつーだよ、何かおかしいか?」
「いや、おかしいというか、なんというか……」
現が首を捻る。
「気に障ったか?」
「そこまでは……少々戸惑ったが」
「親しみを込めたつもりだったんだけどよ」
「そ、そうか……」
「うつつーの方が良いか?」
「現で良い……」
「良いのか?」
「うつつーって伸ばす意味がないだろう」
「ニックネームなんてもんに大して意味なんかないだろう」
「それはそうかもしれんが……」
「フィーリングだよ、フィーリング」
陽炎が右手の親指をグッと突き立てる。
「フィーリングって……」
現が困惑する。
「いいですわね、フィーリング!」
「おっ、なかなかノリが良いねえ」
甘美に対し、陽炎が笑顔を向ける。
「そういうフィーリングこそがまさしくわたくしたちには欠けていたものですわ!」
「そ、そうか?」
甘美の発言に現が首を傾げる。
「これからはわたくしもうつつーと呼びますわ!」
「それはやめろ……!」
「その調子でどんどんフィーリングを浸透させてくださいませ!」
「分かったぜ、カンビアッソ」
「カ、カンビアータ⁉」
甘美が戸惑う。
「違えよ、カンビアッソ。良いニックネームだろう?」
「そ、それは……」
「ダメか?」
陽炎が首を傾げる。
「だ、駄目というか……」
「フィーリングだろう?」
現がボソッと呟く。
「ぐっ……」
甘美が唇を噛む。
「やっぱダメか?」
陽炎が尋ねる。
「い、いいえ、構いません! 皆さん、これからわたくしのことはカンビアッソでよろしくお願いしますわ!」
「ヤケになっているな……」
現が苦笑する。
「そういえば陽炎さんは……」
「オレのことはカゲで良いぜ」
「カ、カゲ?」
「ああ」
「ヴィジュアル系みたいだな……」
現が小声で呟く。
「ロウでも良いけどよ」
「そ、そのあたりは追々……普段は何をされているんですか?」
「一応、音楽系の専門に在籍している」
「へえ、専門学校……どちらの?」
「広島だよ」
「あら、そうなのですか?」
「そうだ、だからお前らの大学も知っているよ」
「ふ~ん……」
「一応ってことは……通ってないのか?」
現の言葉に陽炎が反応する。
「なかなか鋭いな、うつつのつー!」
「ニックネームもう変わっている⁉」
現が唖然とする。甘美が尋ねる。
「通ってないのですか?」
「ああ、ほとんどな」
「それはまたどうして?」
「考えてもみろよ、音楽なんて人に教わるもんじゃねえだろう?」
「ふむ、それはそうかもしれませんね……」
甘美が頷く。
「な?」
「音楽とは己から湧き出てくる情熱をなによりも大切にすべきですからね」
「そうだ、よく分かってんじゃねえか、カンビアッソ」
「ふふっ……」
「おいおい、あまり感化され過ぎるなよ、甘美……」
現が目を細める。
「分かりましたわ! わたくし、大学を辞めます!」
「い、いきなりなにを言い出すんだ⁉」
「フィーリングですわ!」
「馬鹿を言うな!」
現の声が車内に響く。
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