第4話(4)情熱的なギター

「……」


「………」


「…………」


「……おい!」


 現が声を上げる。


「……なんですの?」


 先を歩いていた甘美がうんざりしたように振り返る。


「な、なんだ、そのリアクションは⁉」


「暑いのです。無駄に騒がないで下さるかしら?」


「なっ⁉」


「ここはどういう場所かお分かり? 砂漠ですよ?」


「そ、その砂漠をあてもなく無駄に歩く羽目になったのは誰のせいだ!」


 現が甘美をビシっと指差す。


「まあまあ……」


「まあまあじゃない!」


「体力を消耗してしまいますよ?」


「だから……ん⁉」


 甘美たちの前にサソリのような影が数体現れる。甘美が笑みを浮かべる。


「おいでなさいましたね……」


「こ、こいつら!」


「シャア!」


「現!」


「ああ! ~~♪」


 現がメロディーを奏でる。


「!」


 サソリの影たちの動きが止まる。


「今だ、甘美!」


「……ア~」


 甘美が明後日の方向に向かって声を上げる。現が戸惑う。


「な、何をやっている⁉」


「いや、発声練習がまだだったなと……」


「さっさとしておけ!」


 甘美が向き直る。


「失礼……~~♪」


「シャアア!」


 甘美の発する声の圧に圧されて、サソリの影たちが霧消する。


「ふむ……」


 甘美が満足気に頷く。


「いや、発声練習くらいしておけ……」


「さっきも申し上げたでしょう? こんなところで叫んだら、いたずらに体力を消耗するばかりです」


「しかし、ここは夢世界だ。こういうケースも十分想定出来るだろう」


「まあ、それは確かに」


「まったく……」


 甘美の呑気な返答に現はため息まじりで俯く。


「しかし、どうやら当たりのようですわよ?」


「え?」


「ああいった影さんたちが顔を出すということは、夢世界の重要地点に近づいているという何よりの証明ですわ」


「そうか?」


「何もないところには誰もいないでしょう? 経験則からして」


「そこまで経験を重ねているわけではないと思うが……まあ、そうかもな……」


「では、参りましょう」


「うむ……」


 そこから二人はしばらく歩く。


「ゴールが見えてくると、楽しくなってきますわね!」


「楽しめる境地までにはまだ至ってないな。歩いても歩いても同じ景色だ……!」


「シャアアア!」


 先程よりは大きなサソリの影が現れる。


「~~~♪」


「‼」


 甘美の声の圧によって、大きなサソリも霧消する。


「ざっとこんなものですわ。しかし、結構大きかったですわね、おボスさんかしら?」


「今のところ夢世界から解放される気配が無いな。しかし……」


「しかし?」


 甘美が首を傾げる。現が首を掻く。


「喉が渇いたな……」


「確かにそうですわね。こんなに長時間、夢世界に滞在するということもほぼ初めてに近いですし……んん⁉」


「どうした?」


「あそこをご覧なさい! 水辺ですわ!」


「ええっ⁉」


「これも天の恵み! 水分補給と参りましょう!」


「ちょ、ちょっと待て!」


 走り出す甘美を現が追いかける。水辺に甘美たちがたどり着く。


「はあ、はあ……喉がカラッカラですわ……んんん⁉」


「うおっ⁉」


 水辺が消え失せ、甘美たちが穴に吸い込まれるような形になる。甘美が戸惑う。


「こ、これは……⁉」


「あれを見ろ!」


「えっ⁉」


 現が指差した先にはアリジゴクの影がいる。


「奴の罠だ! まんまと引っかかってしまった!」


「くう……うん?」


 巣に吸い込まれないように、懸命に踏ん張る甘美が視線を上げると、その先には黒い人影が立っていた。黒い人影は呟く。


「誰か……心の渇きを潤して欲しい……」


「む⁉」


「ど、どうした甘美⁉」


「現、激しめの曲を!」


「い、今か⁉」


「早く!」


「わ、分かったよ! ~~♪」


「はああっ! ~~♪」


「⁉」


 甘美が発した音の圧で、甘美と現の体はふわっと飛び上がり、アリジゴクの巣から抜け出すことに成功する。受け身を取った甘美が呟く。


「な、なんとかなりましたわね……」


「ぶふぉっ! む、無茶をするな!」


 受け身に失敗した現が砂から顔を出して、甘美に抗議する。


「攻撃する余裕はありませんでしたから、まずは脱出をと思いまして……」


「せめて一言欲しかったな……!」


「そんな余裕もありませんでしたよ……むっ!」


「ギャアア!」


 大きくなったアリジゴクの影が巣穴から這い出てくる。


「巨大化した⁉ どうやらおボスさんのようですわね!」


「どうする⁉」


「先ほどと同じ要領です! 激しめの曲を!」


「分かった!」


「はあああっ! ~~♪」


「ギャアアア!」


 巨大アリジゴクの影はびくともしない。


「くっ、音の圧が足りないか……!」


「助太刀するぜ!」


「なっ⁉」


 甘美と現が揃って驚く。赤髪の女性がギターを持って立っていたからである。現が問う。


「あ、貴女はこの夢世界の主の一人では⁉ 何故ここに⁉」


「さあな! 気が付いたらここにいた!」


「さ、さあなって……」


「強いて言うなら、アンタたちの音楽がオレの乾いた心を満たしてくれたからかね⁉」


「はっ⁉ 先ほどの黒い人影……」


 甘美がついさっき見かけた黒い人影を思い出す。赤髪の女性が声を上げる。


「とにかくあのデカい奴をなんとかするんだろう⁉」


「え、ええ!」


「おっしゃあ! ~~♪」


「情熱的で激しいギター! 現、合わせて!」


「無茶を言ってくれる! ~~♪」


 現が赤髪の女性の鳴らすギターに合ったメロディーを奏でる。甘美が笑みを浮かべる。


「それでこそですわ!」


「ボーカルが負けてもらっては困るぞ!」


「なんの! ~~~~♪」


「ギャアアアア⁉」


 甘美たちの音の圧によって、砂嵐が巻き起こり、巨大アリジゴクの影はたちまち霧消する。三人や他の人たちも目を覚ます。その後、イベントは開催され、つつがなく終了した。


「……ということですわ。あくまでも推測ですが」


「なるほど……その夢世界の主の悩みというかストレスを軽減したことによって……彼女自身が夢世界に……」


「お疲れ!」


「あ、ああ、お疲れ様ですわ……」


「なんだか不思議な体験をさせてもらったぜ。アンタらと一緒ならオレの心も常に潤ってくれそうだ……オレは海士陽炎あもうかげろう。アンタらのバンドに参加させてもらうぜ!」


「! よ、よろしくお願いしますわ!」


 甘美が陽炎と名乗った女性と、がっしりと握手をかわす。

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